「岩倉アリア」午後ねむる氏インタビュー【後編】(ネタバレあり):「“いっしょに罪を背負う”みたいな人生をふたりに歩ませるわけにはいかない」

インタビュー
0コメント 小林白菜

2024年6月27日にMAGES.より発売されたNintendo Switch向けアドベンチャーゲーム「岩倉アリア」。本作の企画・シナリオを手掛けた午後ねむる氏のインタビュー・後編をお届けする。

本稿は、かなりのボリュームとなったインタビューの後編。ゲームのすべてのエンディングを見届けた人が興味深く読めるであろう“ネタバレ気味”の話題を扱った記事となっている。

前編は別記事として、ネタバレの“ほぼ”ない話題を扱っているので、あわせて読んでいただけたら幸いだ。

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岩倉周を◯◯させてはいけない

――今回のインタビューでとくにお聞きしてみたかったのは、岩倉周についてなんです。先ほどの話も踏まえると、彼の人生に対してもすごく大事に向き合って描いていた印象があります。周も、壱子やアリアと同様に寄り添うような心持ちで描いたということなのでしょうか?

午後:寄り添おうとしたというよりは、やっぱり「この人なんなんだろう?」となるじゃないですか。「すごく嫌なことをするなぁ。なんでだろう?」と(笑)。雰囲気として執着や独占欲の強そうな人物ですが、それならふたり切りで居られたはずの屋敷に壱子を呼ぶこと自体がおかしいんですよね。

物語も終盤になるところまで書き進めてようやくわかってきたのは、周は「生きているけれど、死んでいる」ということでした。“残像みたいな人間”なんだなと。アリアだけが生きている理由なんだけど、アリアのことを自分自身が背負おうとはもはや考えていないんです。

1966年のアリアに対する周のスタンスをあえて説明するとすれば……老いた親を介護施設に預けっぱなしでろくに顔も見せないのに、現れるとやたら内部に疑いの目や監視の目を向けてくる人の“それ”に近い気がします。親への愛情は確かにあるけれど、自分の時間や体力を犠牲にする気はない。だから施設に預けているんだけど、介護者に対して感謝や労りの気持ちはなく、また介護者が自分以上に親に好かれることも許せない。ある点ではそういうメンタリティだと理解しました。

――自分が理想とする状態以上に壱子とアリアの絆が深まると、それはそれでおもしろくなかったでしょうね(笑)。それで嫌味とかを言ってくるようになると。

午後:でもアリアを壱子と引き離して、自分の手でどうにかしたいとは思っていないんですよね。そうするとふつうに“大変”で“面倒”なので。彼は、大半の人間が持つ厭な部分を凝縮したような人物なんです。二次元的な“ヤンデレ”ではないというのは最初から意識していたところですが、理解するうちに何とも言えない気分にはなりましたね(笑)。でも、彼は確かにアリアを愛しています。本人がその気持ちを疑うことは決してない。実は、周こそ「アリア」の名付け親なんです。その事実が周の人生に与えた影響も相当に大きいと思います。

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――いまの考え方からも明らかだと思うのですが、周は「打倒すべき敵」みたいな意図で描かれた人物ではないですよね? 彼を懲らしめて「やったぜ!」みたいな物語にはなっていません。

午後:980円で売り出す短編(前編参照)として企画していたころは、派手に周を倒して、屋敷に火を付けて燃やして、ふたりで走って逃げる! みたいな爽快感のある結末を描くつもりでした。定番ながらも絶対に盛り上がる展開、一度は書いておきたいですよね(笑)。でも本格的に名前のあるひとりひとりと向き合って、心の動きを追っていくとそれは出来ないと感じました。

周って基本的には優しいんですよね。アリアには長年自分の意志を尊重してくれていると感じさせるだけのことをしてきたわけで、壱子にとっても初めて自分を認めてくれた大人として一生忘れられない人物です。

もし周に手を出して、殺してしまうような話になると、壱子やアリアが33年にわたって生きていく中で「本当に彼は私たちが想像したような人だったのだろうか? 本当に殺めてよかったんだろうか?」といった葛藤に苛まれるときが来ると思うんです。

――「あの人のすべてを否定してよかったのか?」という疑問は生じそうです。

午後:目に見えて日々暴力を振るわれていたとか、性的虐待を受けていたのであれば、その人がいなくなることで「救われた気持ちになれる」というのはあるだろうと思います。でも周に関しては、きっと解放感より罪悪感が勝つ。そうなると“抱えるもの”が大きすぎて、ふたりがその罪に押し潰される未来しか見えませんでした。

とくにアリアは、周の優しい面を見ていた期間のほうがずっと長かったはずじゃないですか。“いい思い出”を振り返ったとき、自分が彼の命を奪ってまで壱子といっしょに居ることに疑問を抱いてしまうこともあると思うんです。

この物語の結末は、壱子とアリアが幸せになるものでなければいけないというのは強い想いとしてありました。そのためにも「周を殺させてはいけない」というのは私の感情が入ったところだったかもしれません。

クライマックスがさらっとしている印象を受ける方がいることも分かっていたので悩んだところではありますが、作品のテーマを踏まえても「いっしょに罪を背負う」みたいな人生をふたりに歩ませるわけにはいかないと。最後に、「岩倉アリア」の軸に支えられました。ほかの結末にしていたら、きっと後悔していたと思います。

「激しい怒りを抱えた」壱子、「内面はすごく純粋で素直」なアリア

――主人公である壱子については、どんな人物だとお考えですか?

午後:壱子は、彼女自身も気付いていない「激しい怒りを抱えている人」なんだなというのが、向き合い続けて分かったことです。

――壱子の怒りの部分が表出したのはアリアと出会った影響が大きいのでしょうか?

午後:アリアに出会ったからというよりは、アリアとの絆が深まっていく中で、アリアが置かれている状況と自分の境遇が繋がったんだと思います。

それまでも「他人が傷ついた」とき、その人に寄り添おうとする気持ちは持っていたけれど、その痛みをどこか軽視しているのが過去の壱子だったと思うんです。誰かと同じ怪我をしても、「わたしの傷のほうが深いし、痛い」と無意識に思い込んでいる。

アリアに対してはとくに「この人は綺麗で、特別な人だから自分とは違うんだ」と距離を置いて、感覚を切り離していました。でも3章、4章と進むにつれて自分が内側に溜め込んでいた怒りと、アリアが置かれた状況への怒りがリンクした。その瞬間、一気に色んなものが膨れ上がって噴出したんだと思います。

――「自分とは似ても似つかない“お嬢さま”」として見るのではなく、「同じ女性」として通じる境遇に目が向くようになった。

午後:女としての“ナメられ”や“屈辱”など、自分では気付けていなかったものも含めてですね。一度溢れ出したものは、簡単には抑え込めません。それが物語後半の壱子なのかなと。

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――ありがとうございます。アリアについてはいかがでしょう?

午後:作品自体がアリアを描くものなので、特別になにか付け加えるというのが難しいのですが……複雑な事情を取り払った内面は「すごく純粋で素直な人」。悪い冗談が好きだったり、ふざけたり、心がときめくものには素直に反応する。もともと本当に天真爛漫な“お嬢さま気質”の人物です。

それを覆い隠したのは、周囲から向けられる視線や期待であったり、自ら心の奥底に隠したいくつもの真実であったり……それらが幾重ものベールになって、本来の彼女を周囲からはもちろん、彼女自身からも見えにくくしてしまったのだと思います。

――登場人物たちの“感情”を大事にしていることが分かる場面として、アリアと壱子が大喧嘩するシーンが大好きなんです。壱子はアリアに対して理詰めで正論を突き付けることもできたと思うのですが、ふたりとも持てる感情をすべてぶつけ合うことでもともとの論点は有耶無耶になって……結果的にあの場面によって絆が深まって、アリアはさらに本来の内面をさらけ出せるようになった気がします。

午後:あそこは確かに、それが顕著に表れているシーンかもしれません。冷静に見て「滅茶苦茶だな」と思われる方もいらっしゃると思います(笑)。互いに理性的なリミットを突き抜け、相手に自分をぶつけるのは破滅的にも見えますし……でも、あの瞬間においては双方に嘘がない。それは壱子にもアリアにも必要な瞬間で、あのやりとりがなければふたりの未来は存在しません。なので、大好きと言ってもらえると、とても嬉しいです。

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――スイのこともお聞きしてみたいです。

午後:最初はスイのことを疑った方もいるかもしれないのですが(笑)、彼女はまさに等身大の16才。1966年が舞台ではありますが、彼女の経験は現代の少女や女性の多くも経験していることと思います。

壱子とのケンカの切っ掛けもきっと多くの方が経験していますよね、「相手が想定外に自分の話を真剣に取り合ってくれたが故に、逆に矮小化して誤魔化してしまう」というのは……。そういう機微を通して、ふつうに苦しむ、ふつうの人間の営みをそのまま見せるというのは、屋敷外の人間だからできたことだったと思います。

――同じ屋敷外の人物でも、壱子だと“ふつう”とはまたちょっと違いますからね。

午後:境遇で言えば戦後は壱子みたいな人も少なくなかったかもしれませんが、スイはその人柄や家族とのやりとりを見ても“ふつう”または“恵まれている”と感じられるタイプですよね。ですが、それなら女でもナメられないのか、境遇の違う壱子よりも負う傷が浅いのか、というとそうじゃない。私たちはそれを知っているし、壱子とスイも必ずそれに気付きます。それこそがシスターフッドだと思いますし、スイを通して描きたかったものでもあります。

裏話としては、スイの名前って実はもともと「翡翠(ひすい)」の「翠(すい)」にしたかったんです。ですが「もしかして」と調べてみると、当時この漢字は人名への使用が認められておらず……口惜しさを感じつつも(笑)、カタカナに変更しました。

――サッパリしていて爽やかな性格のスイに、翡翠の色合いから受けるイメージはピッタリです。

午後:「スイがいなかったら読み進められなかった」と言ってくださる方もいるくらい(笑)、プレイヤーの皆さんにとって存在感のある、愛される女の子になって嬉しかったです。

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「岩倉アリア」を気に入った人におすすめしたい作品

――「岩倉アリア」を気に入ったユーザーに、次におすすめしたい物語や創作物はありますか?

午後:そうですね……まず「岩倉アリア」は、当初予想していたよりもずっと、日頃からシスターフッド映画やレズビアン映画に触れている方々にプレイしていただけているのを感じています。ゲーム作品としてはターゲティング自体が難しく、いずれ届いてくれたら……という思いでいた中で、本当に「見つけていただいた」という感覚が大きく、皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。

そしてもし、本作が逆にそういった作品に触れる切っ掛けになることがあれば最高に幸せだなとも思うのですが……私が「このシスターフッド映画を観てほしい!」と勧めるのは少し違う気がして、質問を拝見してからしばらく考えあぐねました。

その中で頭に浮かんだ作品が、「LAW & ORDER: 性犯罪特捜班」(略称:SVU)です。今日になって気付いたのですが、このドラマこそ私が人生でもっとも長く触れてきた女性同士の連帯を描いた作品かもしれません。

性犯罪に特化した刑事モノで、主人公はオリビア・ベンソンという女性です。性犯罪の被害者の多くは女性や子どもですから、ほとんどのエピソードでオリビアが女性被害者に心を寄せ、ときには理性を失いながら、事件解決に命がけで挑む姿が描かれています。出会ったとき、タイトルから被害の様子が詳細に描かれるのではと不安を覚えたことはいまでもよく覚えていますが、実際は被害シーンが描かれることはほとんどありませんでした。

アメリカでもっとも成功したドラマシリーズのひとつなので、多くの方が触れているかとは思いますが……私たちが生きていく上で必要な知識や考え方を含め、膨大なものを与えてくれる作品です。オリビアという女性の生き様がどれだけの人を励まして救ってきたかは、想像もつきません。

「岩倉アリア」をプレイして、「もっと女の物語に触れたい」と思ってくださった方がいればぜひ! きっとお金や時間には換えられない価値を感じられると思います。

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それから、フィクションではない実際の出来事からも「岩倉アリア」は多くのインスピレーションを受けています。そこに関心を持っていただけるのであれば、ドキュメンタリー映画の「38人の沈黙する目撃者」を観てほしいです。

この作品は、真夜中に女性が殺されて多くの人が悲鳴も聞いていたのに誰も通報しなかったという、実際にアメリカで起きた事件を扱ったものです。のちに“傍観者効果”と呼ばれる代表的なケースが、この事件とされています。

たくさんの人がその場に居合わせていたのに、助けようとする人は誰もいなかったというのは、アリアの境遇と重なる部分でもあります。それはアリアを「自分とは違う」と特別視していたころの壱子にも言えることですが……。

映画内でも引用されている原作本の問いかけ、「いったいどれほど離れていれば、何もしない自分を正当化できるのか?」。「岩倉アリア」を書いている中でいちばん思い出したのは、この言葉だったように思います。

たとえば目の前で人が倒れればなんらかの行動は取るはずですが、自分とはいろいろな意味で距離が遠いものに対しては、なにかしらの理由を付けて無関係な他人事として扱おうとするのが人間だと思います。いま世界各地で起きている戦争に対してもそうですよね。

シスターフッドの助け合いや連帯も、そういったものを如何に越えていけるかといったところに行き着くのかなと感じているんです。「岩倉アリア」を好きになってくれた人なら、感じるものがあるドキュメンタリーかなと思います。

最後にひとつ、気軽に楽しめるものも紹介させてください(笑)。K-POPで、ソンミの「Heart Burn」という曲です。

制作中にたくさん聴いた曲のひとつで、庭に噴水のある豪邸で撮られたMVも印象的な作品です。その映像を思い浮かべながら書いたシーンもいくつかあります。夏らしさと、ちょっと切ない懐かしさを感じさせる曲調や、ソンミ自身がファム・ファタールを演じるMVからは「岩倉アリア」と通じる部分も感じられるかもしれません。

エンディングの解釈と“物語の前提が変わる”ことの意義

――「岩倉アリア」はマルチエンディングが採用されています。それぞれの結末が、そこに至るまでの選択を踏まえた“因果”としてかなり納得が行くものになっていたように感じたのですが、このあたりは制作時から意図した部分だったのでしょうか?

午後:受け手の解釈に委ねている部分でもあるのですが、「アリアに深入りするか否か」みたいなところは重要な部分ですよね。中途半端に干渉するのがいちばんおかしなことになってしまったり。

もちろん私が書いたシナリオではあるのですが、「制作者がこうしたいから、こう」というよりは、これからの壱子の人生を考えると「こうならざるを得ない」と言いますか……。一部のエンディングを唐突で意味不明に感じる方もいるかもしれないのですが、私としてはどれもすべて必然的なものだと感じています。

ただ、それらの結末にすべてあの夏のアリアとの関係が直接影響したか? といえばそれは違う可能性が高い。選択の先の、33年間の人生も踏まえてのものだと思っています。

――アリアに対して誠実になり切れていない接し方をした世界線の壱子は、その後の人生でもさまざまな物事に対して同じような選択を繰り返してしまい、その結果……と考えてみるとそれぞれの33年後の未来も納得できるように思います。

午後:そうですね。そうやって繋がっていく人生を辿りながら、各エンディングをひとつひとつ書いていきました。

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――アリアに則された壱子が「ハサミを受け取る/受け取らない」という選択肢では、「アリアに寄り添った壱子でありたい」と考えて受け取る方を選んだ結果、あまりよくないエンディングになってしまったのが印象的でした。

午後:あの選択肢は、チームメンバーも「自分だったらどっちを選ぶだろう」とよく真剣に議論していました(笑)。「アリアに望まれていることをしてあげたい」という心理はよく分かりますし、その方が彼女に寄り添うことになる気もします。ただ、それってアリアを「自分と同じ人間」として見た上での考えだろうか、という……そこから辿っていくと、ふたりの未来が続く選択は「受け取らない」ほうだろうと。

――それは外側にあるアリアとして振る舞っている人格と、心の奥底の本当の彼女が望むことは違っていたというのが大きいのでしょうか?

午後:「アリアをどんな人間として見ればいいのか?」というのは、いくつかの選択肢を考えるとき大事にしたところです。

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――すべてを知った上で2周目のプレイをしたくなるゲームだと思います。2周目を遊ぶユーザーに注目してほしいことがあれば教えてください。

午後:見逃していた違和感や、「ここの描写はあそこと繋がっていたんだ」みたいな気付きを楽しむというのがまずあると思います。

あとは……真相が明言されないことを受け止めてくださった上で(笑)、全体像についてもっと可能性を考えてみたいと思ってくださる方がいるのなら、ぜひアリアという“人間”にもう1度注目してみてほしいです。

本作にはアリア視点こそないものの、壱子不在シーンでのアリアもそれなりに描かれていると思います。そこではつまりアリアの本音が垣間見えるわけですが、彼女が我々の思う“人間”であるのなら「まず露呈するであろう思考や感情」がそこにあるのかどうか。真相の仮定をもとに、その辺りを突き詰めていくと、また違うものが見えてくるかもしれません。……そろそろ、「は?」と怒られそうですが(苦笑)。

――私自身もそうですし、気になっているユーザーにとって有益な情報だと思いますよ(笑)。最後の質問ですが、「岩倉アリア」の続編やスピンオフ作品、または異なるテーマを描く完全新作の構想などはありますか?

午後:壱子とアリアの幸せな様子が見たいと言ってくださる方もいらっしゃるので、SS(ショートストーリー)を新たに書きたい気持ちはあります。色々とタイミングが合えば実現させたいところですね。

「岩倉アリア」は、爆発的にヒットするタイプの作品ではありませんが、発売から時間が経っても細く長く売れていく作品になるのではないかという手応えがすでにあります。またプレイヤーの皆さまのおかげで、こういったアプローチの作品にも少なからず需要があり、評価される土壌もあるという例を社内外に見せられたのかな……という点も、ひとつ意義を感じているところです。

その流れで「次を考えたら?」と言ってもらえたりもしていますが、いまは色々と悩み中です。私中心でまた何か作るとすればベースは“尊厳ファースト”の作品になるとは思いますが(笑)、物語を通して何より最新の価値観を見せ付けたいみたいな気持ちはもちろん微塵もありません。どんなジャンルでもまずは引き込まれる世界観と物語、魅力的な登場人物が第一です。話が面白くなければそれは多くの人にとって「面白くなかったもの」以上になりませんから。

それでも、私自身が価値観を新しいものに変化させ続けていくことはマストだと考えています。それで物語の前提が変わってくるというのは確かにあると思うので。いまみんなが苦しんでいることって、なんらかの前提の刷り込みが原因であることがかなり多いと思っています。その“前提”が違う物語が増えていくことで救われる人は絶対にいると思うので、そこに無関心でいたくない。

どんなジャンルであっても、そういった意識から生まれる新たなものがあるはずですし、そういう意識があってこそエンタメ作品の制作を通して社会により良い関わり方をしていけるんじゃないかなと、自分はそう思っています。

――気付かないうちに“前提”となっていたのとは異なる視点をもたらしてくれる物語が増えて、やがて世の中に対する視点も変わっていけばいいなと感じます。本日はありがとうございました。

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