2024年6月27日にMAGES.より発売されたNintendo Switch向けアドベンチャーゲーム「岩倉アリア」のレビューをお届けする。
本作は「リアルファンタジー・サスペンスADV」を銘打つ、MAGES.にとって4年ぶりとなる完全新作アドベンチャーゲームだ。
舞台は1966年の日本。養護施設で育った北川壱子は、旧華族出身の紳士・岩倉周から提案を受け、彼の屋敷で女中として住み込みで働くことになる。そんな岩倉邸で、恐ろしいほどに美しい娘・岩倉アリアと出会った壱子。次第に惹かれ合っていく壱子とアリアだったが……?

ゲームデザインとしてはオーソドックスなノベルゲームと言える。ときおり表示される選択肢や屋敷の探索順などによってその後のストーリー展開が変化。エンディングでは33年後、49歳となった壱子が描かれる。ひと夏の岩倉邸での日々でどんな行動を取ったかによって、その後の壱子の人生が大きく変化してしまうのだ。
本稿は「岩倉アリア」に用意された9つのエンディングと1つのアナザーエンド、そしてサイドストーリーをすべて読み終えた上でのレビューとなる。
レビューの内容としては、まだ「岩倉アリア」をプレイしていない、そしてひょっとしたらアドベンチャーゲームであるという時点で触れる選択肢から外れているような、本作が届くべき人たちにその魅力が伝わることを意識したものになっている(ちょっと強引な手法であることは理解しながら、記事タイトルにゲーム以外の作品名を列挙したのも、この意図に基づいてのことだ)。

ストーリーの核心に関わるネタバレは避けるが、作風について察せる記述をすべてなくすことは、レビューの形式上できていない。「これは自分が触れるべき物語だ」と感じた時点で、いったん読むのをやめるのが良いかもしれない。
逆に、どんな内容であるかをより深く吟味した上でプレイすべきか否かを判断したい人は、「岩倉アリア」公式サイトにあるFAQのページもあわせて参考にするのがおすすめだ。
https://game.mages.co.jp/iwakura-aria/special/faq/
女性の“男性に対する恐怖”や生理にまつわるトラブルを生々しく描く
本作は、心情の変化が繊細に描かれる壱子とアリアの交流と、アリアや周、そして屋敷全体を取り巻く“秘密”が明かされていく一種不気味なサスペンスとしての部分が、不可分のものとして描かれていくのが特徴と言える。


恐ろしいほどの美貌を誇るアリアに惹かれ、そのすべてを知りたいと思うほど、壱子はアリアたちが抱える“秘密”にも深く踏み込むことになる。そしてこの“秘密”こそが、実在感のある人物・時代描写の中に織り交ぜられた“ファンタジー”の要素を含む部分でもある。
ふたりの関係の変化に頬が緩むのも束の間、壱子がアリアの内面を深く知るほどに、その奥にある闇までもが顔を覗かせるストーリー構成は、「これ以上、アリアのことを知ったら後戻りできなくなる」と躊躇いながら、それでもアリアへの想いと好奇心によってパンドラの箱を開けずにはいられない壱子の懊悩に、いつしかプレイヤーの感情をシンクロさせる。
同じMAGES.の「STEINS;GATE」をはじめとした科学アドベンチャーシリーズなどが好きな人ならば、好奇心を刺激するサスペンス展開に惹かれて夢中で読み進められるのではないかと思う。筆者もまた、これほどの物語への没入は、壱子やアリアの繊細な描写とサスペンス展開のどちらが欠けても得られなかったことだろう。

その上で、本作は過去にMAGES.が手掛けてきたアドベンチャーゲームとは属性の異なるユーザーにも広く届くべきゲームでもあると感じる。
特筆すべき点のひとつとして挙げておきたいのが、壱子やアリアの描写における“女性”としての生々しい感情の動きだ。
体験版でもプレイできる範囲で「これまで触れてきたアドベンチャーゲームとは異なる」と感じたのは、壱子が屋敷で周とふたりきりである可能性に思い当たったときの、“女性として男性に抱く恐怖”の描写だ。
自分に対して欲望を向けてきてもおかしくはない、腕力では敵わないであろう相手と、声を上げても誰も助けに来ないような場所でふたりきりになるのは、たとえ相手が物腰柔らかな態度で振る舞っていたとしても、身の危険を強く感じる状況と考えて間違いないだろう。筆者は男性なので想像の域を出ないことではあるが、最悪を想定したときの怖さは筆舌に尽くしがたいものがある。

また、壱子とアリアの交流の中、自然な展開として生理にまつわるトラブルが描写されるのも、上記に通じる本作の特徴と言える。
生理は多くの女性にとって人生を通して付いて回るものであるにも関わらず、いまだにタブーのように扱われることはままあり、創作において描写されるのはかなり稀だと言っていいだろう。
現在放送中のNHK朝の連続テレビ小説「虎に翼」では、主人公・寅子の生理がかなり重いことが描かれている。また、少年ジャンプ+に掲載された「16歳の身体地図」(モリエサトシ)や「ママの友達」(木村恭子)など、性別問わず親しまれている媒体で生理をテーマとした作品が読めることも増えてきた。それでもけっして多くはない。
これらの描写があらゆる創作にあるべきだと主張したいわけではないが、少なくとも「岩倉アリア」はこういった部分を“当たり前のこと”として、さり気なくも大事に描いているゲームなのだ。それは「岩倉アリア」が物語全体を通して示そうとしているテーマの切実さをプレイヤーに強く訴えるためにも必要であったと、すべてのエンディングを見届けた今では思う。

本作と同様に女性同士の恋愛を描いており、物語のテーマやモチーフにおいても通じるものを感じるのは、レズビアン映画の「お嬢さん」や「燃ゆる女の肖像」だ(「お嬢さん」は館に住む令嬢と、この館でメイドとして働く孤児の少女の物語。「燃ゆる女の肖像」は男性との結婚を拒む貴族の娘と画家の女性が恋に落ちる物語であり、壱子に“絵の才能がある”という設定からも連想される)。
また、同性愛を描いた作品ではないが、サスペンス展開の一部露悪的な描写には、個人的にスペイン映画の「マジカル・ガール」を思い出した。
恋愛をはじめとした女性同士の強い関係性を描いた“百合作品”として世に出ているもので筆者が真っ先に思い出したのは、小説「夢の国から目覚めても」(宮田眞砂)だ。レズビアン女性とヘテロセクシュアル(異性愛者)女性の恋愛を描く本作は、後半パートでヘテロセクシュアル女性側の視点で物語が進行する。「岩倉アリア」ではアリアの視点が描かれることこそないが、その真意が読みづらい内面が紐解かれていくに従って物語のテーマが浮き彫りになる構造には近いものがあると感じた。
恋愛感情で結ばれたふたりの少女の、歳を重ねたあとの人生を描くという点では漫画「夢の端々」(須藤佑実)も思い出される。そして“百合作品”という認識は一般的ではないながら、「マイ・ブロークン・マリコ」が提示した疾走感に満ちた女性から女性への激しい感情を連想する瞬間もあった。
矢継ぎ早に作品名を挙げて何が言いたいのか? と感じた方もいるかもしれないが、つまるところ「岩倉アリア」は、これらの作品のいずれかが大切な1作になっている人にとって、それらと同じ箱に閉まっておきたくなる作品になり得るということだ。

いま挙げたのはすべて筆者が触れたことがある作品だが、より広く女性同士の関係性を扱った作品に触れている人ならば、また別の作品で体験した“素晴らしい瞬間”と通じる感情が去来することがあるかもしれない。
なお、本作では暴力、出血、自傷、性的な描写などがテキストによって表現されている。これらがビジュアルによって描かれることは“出血”を除けばほとんどないが、テキスト表現が非常に巧みであることと、ある意味で露悪的な描き方が含まれるため、嫌悪感を抱く可能性は高い。
これらが気になる人は、前述した公式サイトのFAQページとあわせて、まずは無料でダウンロードできる体験版から触れてみるのがいいかもしれない。
壱子役:鈴代紗弓さん、周役:森川智之さんの“怪演”が愛と狂気の物語を極上のものに昇華
本作で立ち絵が用意されているキャラクターは、岩倉アリア、岩倉周、それから洋食店の娘で、岩倉邸の毎日の食事を用意している少女・宮内スイの3人(登場人物自体は屋敷の庭師や守衛、周の秘書である吉野明里など、ほかにも複数人存在する)。ゲームの舞台もほぼ岩倉邸の中に限定されているなど、ミニマルな作りも特徴だ。
それでもチープさを感じないのは、格調高い岩倉邸の雰囲気に合わせたような各種ユーザーインターフェースの意匠や、ストーリー展開をときに動的に、ときに怪しげに彩るスケッチ風のコマ割り演出、さまざまなアドベンチャーゲームのBGMを手掛けてきた阿保剛氏による世界観に寄り添った音楽といった各種要素が一体となって、物語体験の質を底上げしているからだろう。


プレイ時間は公式サイトによるとエンディングをコンプリートするまで15時間前後とのこと。筆者の場合、じっくりテキストを読み込むタイプということもあり20時間ほど掛かった。ノベルゲームとしてはコンパクトなボリュームにより、限られた舞台でも見飽きることなく、そしてストーリー的にも冗長さを感じることのない、絶妙なバランスで描くべきものを描き切っていたと感じられた。
声優陣の名演も特筆すべき点だ。本作においてその演技の幅の広さやこれまでのキャリアの中での特異性など、とくに目を見張るものを見せてくれるのは、主人公の壱子を演じる鈴代紗弓さんと、周を演じる森川智之さんだろう。
壱子は、不幸な境遇の影響で自己肯定感が低いが、生来的には心優しく芯の強い人物として描かれる。アリアのために行動する中でやがて人としての強さを手にしていく様子も含め、鈴代さんの明るい声質が主人公としての魅力を引き立てている。

また、前述のとおりエンディングでは49歳になった壱子が登場し、それまでに歩んできた人生によって、まったく別の顔を見せる。公式アカウントでもって“怪演”と表記されている鈴代さんのさまざまな演技が拝めるのは、たとえ精神的に堪える結末だとしても、それを最後まで見届けるモチベーションになってくれた。
森川さん演じる周は一見すると紳士的で、壱子にとって恩人でもあるのだが、それだけでは終わらない複雑さを持った人物だ。その仮面の奥の素顔は非常に振れ幅の大きなものであり、この変化をひとりの人間が内包する多面性として同居させていることに驚かされる。

壱子に心を許すほどに神秘的な美少女としての仮面が剥がれていくアリアを演じる中村千絵さんと、凛とした外見とややギャップのある可愛らしさのある等身大の少女としてスイを演じる本多真梨子さん。ふたりも、人物の魅力を大きく引き立ててくれていた。
4人を中心とした声優陣が登場人物に命を吹き込んだことによって最後のピースが嵌まり、愛と狂気を孕んだ物語体験は、極上のものへと昇華されている。

2024年にアドベンチャーゲームとして世に出たことを、心から嬉しく思える作品
ゲーム中の選択によって9つのエンディングへとたどり着ける「岩倉アリア」。本作における選択と、それによるエンディングの分岐は、女性を縛るさまざまな固定観念を想起させるものだと感じた。それはたとえば「女性は慎ましくあるべきだ」といった観念だ。
壱子が、勇気あるいは溢れんばかりの好奇心によりなんらかの事態へと踏み込もうとする際、ときおり表示される二者択一の選択肢。本作においてこうした決断を迫られたとき、どんな行いを選ぶことが壱子とアリアの絆をより強いものにしただろうか?

現実には好奇心によって身を滅ぼすことだってあるだろうし、壱子もまたその強い好奇心が災いして恐ろしい目に遭うことが何度もある。屋敷の真相をほとんど知らないままでいたほうが、壱子が比較的満ち足りた人生を歩むエンディングに辿りつける場合が多いのも、行動に対する因果として納得がいくところだ。
それでも、「岩倉アリア」は壱子が“慎ましくあること”を良しとした物語では決してない。好奇心を持って手を伸ばすことがそのまま、アリアを鳥籠から救い出すために手を差し伸べることに繋がっていると感じたことが、ゲーム中に何度もあった。
真相を暴かなければたどり着けない結末へと近づくにつれ、壱子に悪態や罵倒といった“はしたない”言動が増えていくのも、こうした作品の指向と合致して痛快さを感じられた。性別によって特定の言葉の使用がより強く糾弾され、封じられる必要など、どこにもないのだ。

それと同じくらい、もしくはそれ以上に大事なものとして描かれているように感じたのが、「女性の身体はその女性だけのもの」であるということだ。これは「自分の判断なら自分の身体に何をしてもいい」という意味ではない。
アリア自身さえも“自分の意志”と認識している行動であったとしても、それにより己の身体や心を粗末に扱っているのであれば、壱子はそれに従うべきではない。アリアを理解しようとするあまり、ここの判断を誤ったことに気づいたときは、物語のテーマとゲームとしての選択結果が絶妙に噛み合っているのだと思い至った。

こうして徹底して“女性を描く”ことを大切にしてきた本作の白眉として最後にもうひとつ挙げておきたいのは、“感情によって物語が動く”ことへのこだわりだ。
ノベルゲームのストーリーは“完璧な伏線回収”などを備えた理路整然としたものが高く評価される傾向が強いように感じる。本作もまたストーリー上描かれる違和感には理由があり、そういう意味では伏線回収にも目を見張るものがある。しかし、そうしたロジック的な部分を踏まえつつも、物語を駆動するのはあくまでそれらを超えた壱子やアリアの“感情”なのだ。
女性を大切に描き、女性同士の関係性を大切に紡ぐ本作において、女性たちの感情がなによりもパワーを宿したものとして描写されるのは必然のことと言っていいだろう。
ならば、彼女たちの物語を見届けた我々は、きっと信じられる。未来にどんな困難が待ち受けていることが示唆されようとも、そこに強い“想い”があるならば、すべてを乗り越えられるーーそう信じられるはずだ!
「岩倉アリア」が2024年にアドベンチャーゲームとして世に出たことを、心から嬉しく思う。
(C)MAGES.
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