ADVが好きなゲームライターが真のADVマニアを目指す連載企画。第7回は「限界OL海へ行く」を紹介します。
連載「ADVマニアへの道」はADV好きのライター・カワチが、新旧問わずにさまざまなADV作品を研究していき、そのマニアへの道を目指していく内容。今回はゲーム制作スタジオの超OKが手がける「限界OL海へ行く」を取り上げます。

1時間程度で終わる短編のアドベンチャー
リズムに乗って殴り合う対戦型ゲームの「PHRASEFIGHT」やドタバタ科学アドベンチャーの「ツキササリーナ」など個性的な作品を発表する超OKの新作「限界OL海へ行く」。“INDIE Live Expo Winter 2023 DAY1”でお披露目され、目を引くタイトルやポップで味のあるグラフィックで気になった人は多かったと思います。

本作はタイトルの通り、仕事に疲れて限界になったお姉さんが昼休みに会社を抜け出して海に行くゲーム。お姉さんは旅先となる海の街で複数の人物と出会い、彼女たちと交流を深めていくことになります。プレイヤーは独特なキャラクターたちとの会話劇や、序盤は本当に限界だったお姉さんに少しずつ変化が見えてくる様子を追うことで、元気づけられることになります。登場するキャラクターは以下です。

お姉さん
本作の主人公。限界を迎えて、自分のお気に入りの場所を求めて旅に出ることになります。

ヤイバ
偏差値の高い高校に通う女子高生で、授業が辛くなった日に海を見に来ています。お気に入りの場所は大海原の見える砂浜。

マタタキ
間延びしたしゃべり方をする女の子で、写真の専門学校に通う写真家の卵。お気に入りの場所は噴水のある公園。

ヤケノハラ
酒に溺れるフリーター。テンションが高く、語尾に「にゃ」と付けてしゃべるのが特徴です。お気に入りの場所は酒が美味しい場所。

モコ
あまり現実のことを語ろうとしない詳細不明な謎の少女。「っす」という後輩口調で話します。

ゲームは各キャラクターとの交流が中心で、クリアまでの時間は1時間ほど。地の文に難しい表現はなく、キャラクターとの会話もSNSのチャットのような短文で進行するので読んでいて理解しやすいのが特徴です。普段ADVをプレイしない人のほか、現実に疲れていてあまり気力がないけど、ちょっとゲームで気分転換したいという人にもオススメしたい作品です。


レビュー:我々がゲームをプレイすることの意味を覚えさせてくれる作品
筆者は連載を続けていくなかで、このジャンルのおもしろさは“長時間プレイしても疲れないため、世界観に長く没頭できること”だったり“選択肢による物語の変化で多様な世界を描く”だったりするところにあるのではないかと感じはじめていました。しかし、このゲームは1時間で終わるし分岐も無い。筆者が考えていたおもしろいADVの条件ではない。しかし、とても印象に残り、筆者にとって忘れられない作品になりました。もちろん、キャッチなータイトルやイラスト、心地よい音楽に惹かれたという理由もありますが、本作を好きになれた大きな理由に限界OLのお姉さんに感情移入できたからだと感じました。

仕事が限界になり、海に行くことにしたお姉さんですが、彼女がなぜ限界になってしまったのか、その過程が描かれることはありません。ただ、彼女の疲れ切った表情や思考から、限界が来てしまっていることを読み取ることができます。現代でストレスを感じない人間はいないですし、きっとプレイしている誰もが彼女に感情移入できるはず。分岐がないのであればゲームで体験する必要がないと思われるかもしれませんが、あまり物事を考えられなくなったり、受け答えが上の空だったりする彼女の視点の物語を読み進めていくと、限界になってしまった人の意識に自分の感情を重ねながら遊ぶことができます。これはゲームならではの体験であるところが大きく、本作は映像ではなくゲームでなければ表現できないものであると断言できます。

ユーザーを大げさに鼓舞するわけでもなく、逆に突き放すわけでもない、少し前向きにするストーリーも本作の見どころ。キャラクターたちの考えに共感することは可能でありつつも、彼女たちの考えを押し付けられたりはしません。少しだけ選択肢を与えてくれる、心が弱っている人に寄り添ってくれる優しい作品です。
ただ、カウンセリングが目的ではなく、エンタメとして楽しめる作りになっており、これは本作に登場するキャラクターたちがどれも魅力的で、彼女たちとの会話を聞いていたくなるという理由が大きいと思います。お姉さんのことを気遣ってくれる面倒見のいいヤイバや、酒に溺れてしまっているものの大らかで自分にもフラットに接してくれるヤケノハラなど、決して密接な関係にはならないものの、会話を通じて彼女たちとお姉さんと人生が少しだけ交わるのが心地いいです。


どのキャラクターも世間との折り合いをつけるのが下手で逃げてきた人たちで、決して彼女たち自体が群れることはありませんが、自分以外にも生き方が下手な人間がいる、それでもみんな生きているということが分かって、心が軽くなります。限界を迎えてしまったときは人との関わりに敏感になりますが、一方で人は孤独でも壊れてしまうもの。孤立ではあっても孤独ではないことが分かるストーリーには勇気づけられます。

キャラクターのバックボーンは詳しく描かれないものの、それぞれの考えは一貫していて設定はしっかり作られていることが分かります。下部で記載しているインタビュー部分で、それぞれのキャラクターは本作を制作したクルステさんの過去をモチーフにしていると明かしてくれましたが、なるほどと思いました。マイペースでありながらも自分のやりたいことが決まっていてブレることがないマタタキなど、アイデンティティをしっかり持っており、彼女たちのことが好きになります。ゲーム内ではあまり設定が語られないところも想像の余地を残してくれていてよかったですね。

断片的で虚無感のあるお姉さんのセリフは端的で、文学作品のような艶のある文章を堪能できるわけではありません。ただ、この時代にこの主人公の物語が生まれ、我々がゲームで体感できることは価値があることだと思います。この文章を読んで気になったらぜひ遊んでみて欲しいですね。

インタビュー
ここからは「限界OL海へ行く」を手がけたメンバーへのインタビューの模様をお届け。超OKのスタジオ代表で企画立案、テキスト、プログラミング、写真撮影を担当するクルステさん、キャラクターイラストを手がけるhiyu_metreさん、音楽担当のAtreeさんに気になる制作秘話をお聞きしたので、ぜひチェックしてみてください!
お姉さん以外の全員が獣人だった!?
――「限界OL海へ行く」はクルステさんの過去の経験から生まれた作品とのことですが、こうして作品という形で残そうと思った理由はなんでしょうか? 制作に至るまでに葛藤はありましたか?
クルステ:今作に限りませんが、生きていて経験した物事は何でもゲームへ投入しています。ただ、これはそのような哲学があるとかいうような高尚なことではないのです。単に、私はあまりインプットが得意ではないので、脳内にあるネタの総量が少ないのです。したがって、選んでいる場合ではないというか、ゲームになりそうな経験を手当たり次第ゲームにしていくことになりました。葛藤は一切しておりませんし、それどころか「あの経験をゲームに使わない手はない」とさえ思っていましたね。

――hiyu_metreさんとAtreeさんは「限界OL海へ行く」の企画を聞いたときにどのような印象を受けましたか?
hiyu_metre:初めて企画として聞いたのはすごく暑い日で、僕は意味もなく都心を1時間くらい歩いた後だったので若干記憶が朧げですが、まず単純にかなりいいと思いました。クルステくんの人としての良さや、クルステくんが世界に対して良いと思っている部分が出そうだなと思った気がします。個人的にも、世間のみんなが結構疲れている感じがしていたので、このゲームが生まれるのは良いことなんじゃないかなと思ったと記憶しています。
Atree:「クルステさん、また面白いことしてるな……。」
――クルステさんが本作のイラストをhiyu_metreさん、音楽をAtreeさんにお願いしようと思った理由を教えてください。
クルステ:まったく何の影も形もない段階で「限界OLが海へ行くゲームを作るのだ」と語っている人がいるところを想像してみてください。意味が分からないですよね。それで意味が分かってしまう方々だからということになりますね。
――ストーリーの展開や登場するキャラクターの人数は初期案から変わっていないのでしょうか? 没になったものなどがあれば教えてください。
クルステ:ストーリーは当初から決まっていました。キャラクターの人数も当初から決まっていました。全5章であることも当初から決まっていましたし、ゲーム内に存在する吹き出しの総数まで当初から決まっていました(これは流石に作り始めてから調整しましたが)。つまらない作り方ですみません……。これも毎作のことですが、ゲーム内の全ての要素を、私がコントロール出来る上限ぎりぎりの数量に設定しています。あれ以上の量になると、コントロールに支障をきたし、完成しないか、してもあまりいい感じではないものが出来上がってしまうのです。
ただ、没案という話題に関しては、とても面白い没案が1つありますので、それをお話ししたいと思います。それは当初はお姉さん以外の全員が獣人だったということです。「獣人なので人間の社会の常識に囚われない」というお話にしようかと思っていたのです。具体的にはモコに猫耳が生えたりしていましたね。海という大きな柱があるのに、更に獣人という第2の柱が入ってくると、意味不明のゲームになってしまうということに気が付きまして、止めにしましたが……。

――港区のオフィス街や、ゆりかもめ新橋駅からのモノレール、お台場海浜公園を舞台に選んだ理由を教えてください
クルステ:東京湾をゲームにすることは私の人生上必ず達成せねばならないクエストの1つでした。その理由はといえば、これはもう偏執的に好きだからとしか言いようがないのですが。その一方で、まったく何のバックグラウンドもなく、ただ東京湾をゲームにするというのは流石に無理だろう、とも思っていました。お話として脈略がなさすぎますからね。つまり「ああ、それは確かに、海に行くね」と納得できる理由付けが必要だった訳ですが、別件で「疲れた社会人の方のためのゲーム」というものを考えていた時に、「ああ、疲れた社会人ならば海へ行ってもおかしくないじゃないか!」と、このように繋がったということです。

――魅力的なキャラクターが多いのも本作の魅力です。それぞれのキャラクターについて、人物のモデルの有無やゲーム内で明かされていない設定、ゲームを遊ぶ時に注目してもらいたいところなどを教えてください。また、hiyu_metreさんはそれぞれのキャラクターイラストを制作するうえで意識した部分や悩んだ部分なども教えてください。Atreeさんも各キャラクターの好きな部分などを教えていただきますでしょうか。
クルステ:ヤイバのモデルは高校生の私です。マタタキのモデルは大学生の私です。お姉さんのモデルは会社員の私です。ヤケノハラのモデルは現在の私です。つまり各時代の私が互いに会話しているだけのゲームなんですよね。あっ、モコだけはいつの私でもありませんね。うーん……今より未来の私だったら面白いですね。
ところで、キャラクターについて設定した事項はほとんど作中に出し尽くしています。設定資料集のようなものを出せるわけでもありませんから、作った設定はゲーム内に出し尽くさないともったいないというのがありました。したがって未公開の設定はほぼありませんが、しいて言うとするならば、作中で語られるキャラクターの名前は、どれもニックネームではなく、本名です。ヤイバの本名はヤイバ。マタタキの本名はマタタキです。ただ、ヤケノハラだけはどうでしょう……。ヤケノハラはすべてのことを酒に酔って言っているだけなので、やはり信用しないほうがいいかもしれませんね。

hiyu_metre:それぞれの限界さがクルステくんから提示されていたのでそれぞれの抱えているものを意識しながら描きました。人に依頼されて絵を描くことが初めてだったので、フォーマットができるまでは時間がかかったかもしれません。ただクルステくんが方向性を都度明確にディレクションしてくれたので苦ではありませんでした。
Atree:モコちゃんみたいに外で寝てみたい! 自由さに憧れます。
――本作は会話が短いセンテンスで作られておりテンポよく遊ぶことができました。これは本作の主人公のように生活に疲れてしまった人でも遊べるように考えて設定されたものなのでしょうか? ゲームを遊ぶ元気が無い人に対して意識して作った点などがあれば教えてください
クルステ:チャットアプリのインターフェースを採用した理由は、スクリーンショットを撮影した際に「誰かの一発言」ではなく「会話の流れ」が分かる物になるためです。「一文が短ければ読みやすい」という意図は特に無かったのです。むしろ、制作中は「こんなもんで疲れた社会人の方を癒すことなど不可能なのではないか」という不安しかありませんでしたね。ですので、発売後の皆様の反応を見て、とても安心しました……。
――hiyu_metreさんとAtreeさんは本作の世界観をイラストや音楽でどのように表現しようと思いましたか? 特別こだわった部分を教えてください
hiyu_metre:僕に絵を任せてくれた時点で僕がこのゲームの世界観にあった線の引き方や形の見方をしているということでお互い了承していたので、変に何かを変えるよりかは、いつも通り描こうとは思いました。一番こだわったのは目だと思います。何をどう見てるかが目から何となくわかるといいなと思って描いていました。
Atree:当作では、快活と静寂を往復するように、緩急をつけながら歩いていきます。不思議なものを見たり、長い道を歩いたり。旅を終えてから、それら全てを思い出せるように、メロディを変形させて登場させています。

――本作を制作するうえで意識した作品や参考にした作品がありましたら教えてください
クルステ:「逆向き列車」というテレビ番組です。とはいえ、そのような番組が存在したという事実を見聞きしたのみで、実際の放送を見た訳ではないのですが……。その番組の内容というのが、「朝の通勤ラッシュの時間帯に、出勤途中の方に声をかけ、職場と逆方向へ向かう電車に乗って遊びに行くことを提案する」というものだったらしいのです。エグくないすか? 実際には、その提案に乗ってくれる方がまったくおらず、番組として成り立たなかったようなのですが……。
――本連載はアドベンチャーゲームの魅力を掘り下げる連載ということで、みなさんの好きなアドベンチャーゲームを教えてください
クルステ:ここまででお察しかと思われますが、「アドベンチャーに目がない」とか「頻繁に遊ぶ」というような人間ではないのです。それは作る方でも同じで、本作にしても、「海が出て、疲れた社会人の方を癒すものとは?」……というところからスタートし、画面などを考えていった結果、「ジャンルのカテゴライズでいうとアドベンチャーが最も近い何か」が出来上がったということなのですよね。その意味で印象に残っているのが、「GOODBYE WORLD」です。というのは、私も長く「ゲームの出来上がっていき方を描くゲーム」を作りたいという気持ちがあり、しかしそれがどのような形になるのかというと、見えていなかったのです。ですから、「GOODBYE WORLD」に出会った時は「うわぁ!!私が見えたかったのはこれだ!!」と思ったのを鮮明に覚えていますね。
hiyu_metre:最近だと「パラノマサイト」というゲームが面白かったですし、キャラクターがよかったです。小さい頃から好きなのは「さくらももこのウキウキカーニバル」というゲームです。創作物の魅力はその人の感性を疑似体験できるところにあると思っていて、そのゲーム特有の絵柄や世界観があるゲームは押し並べて好きです。
――みなさんはアドベンチャーゲームのどのようなところに魅力を感じていますか? また、今度どのように進化して欲しいですか?
クルステ:この点に関しては制作中から現在に至るまで常に考えています。少し質問の趣旨から外れてしまうのですが本作は一体「何」なのか? ということです。反射神経も問われない。戦略も問われない。けれども、Steamに置かれているし、ボタンを押すと反応するし、触っていると進んでいきますから、どうも「ゲーム」ではあるように見える。このソフトって一体「何」なんでしょう? 「何」だと思いますか? はっきりしたことが言えなくてすみません。でもそういうコトも世の中にたくさんあるっすよ。
――読者にひとことお願いします。
hiyu_metre:良い日々を
Atree:ぜひ旋律と共に歩いてみてください。聴覚でも一緒に旅をしましょう。
クルステ:私は今まで生きてきて人の役に立ったことが無いのです。ただ、このゲームのレビュー欄を見ていると「ありがとう」と書かれているのです。それで、私は「ああ、人の役に立つというのはこういうことなのか」ということが分かりました。皆様にお伝えしたいと思います。人の役に立つというのがどういうことなのか教えてくれて本当にありがとうございます。これからも人の役に立つように努力するつもりです。引き続きよろしくお願いします。
後記
今回は短編ADV「限界OL海へ行く」を取り上げました。1時間で終わる短編であるものの、我々がゲームというメディアで物語を体験する意味をしっかり思い出させてくれました。この連載ではメジャー、インディー、有名、無名問わずにさまざまなADVを取り上げていこうとは思っていますが、インディーに関してはもっと掘り下げることで新しい発見ができるのではないかと感じました。
膨大な量のADVからなにをチョイスするのかどうかは悩むところでもあるので、もしもオススメの作品などがあればコメントなどで教えてもらえるとうれしいですね。
それでは、次回も気になるADVをインタビュー交えて紹介していきたいと思いますので、引き続き応援いただけるとうれしいです。よろしくお願いします!
(C)veryOK
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