ADVが好きなゲームライターが真のADVマニアを目指す連載企画。第5回は「ANGEL WHISPER」を紹介します。
連載「ADVマニアへの道」はADV好きのライター・カワチが、新旧問わずにさまざまなADV作品を研究していき、そのマニアへの道を目指していく内容。今回はChild-Dreamが開発したアドベンチャーゲーム「ANGEL WHISPER」の25年越しのリメイク版を取り上げます。
ゲーム作家・由島の遺作をプレイするという斬新な作品
「ANGEL WHISPER」は1998年にPC用ソフトとして発売された同名の作品をNintendo Switch向けにリメイクした作品。原作となるゲームは実在するWebサイトにアクセスして情報を手に入れながらゲームを進める形でしたが、リメイク版はゲーム内に擬似的なWebサイトが存在しており、選択肢を選ぶことで内容を参照できる仕組みになっています。
レビュー
よりプレイしやすくなったNintendo Switch版
「ANGEL WHISPER」はゲーム作家の由島が遺したゲームをプレイして、謎を解き明かしていく作品。オリジナル版はWebサイトの掲示板にアクセスしたり、メールマガジンに登録して実在の記者の協力を得る必要があったりと、ゲームとリアルが交錯する作風が斬新でした。リメイク版はゲーム内に擬似的なサイトやメールマガジンが用意されており、そこにアクセスすることで謎が解けるようになりました。リアルとの交錯は減ったものの、Nintendo Switchだけで完結するのでとても遊びやすくなっています。
また、本作はマップを選んでキャラクターと会話をし、フラグを立てていく昔ながらのアドベンチャーゲームになっていますが、リメイク版はヒント機能があるので次はどこに行けばいいのか分かりやすくなっています。しらみ潰しをする必要がなくなり、物語に集中できるような仕組みに進化しています。
作品の大きな目的は遺作の謎を解くというものになっていますが、ゲーム会社が舞台のクリエイターたちのドラマも見どころ。経営のことしか考えない大人たちの思惑や現場の人間たちによるアツい創作論が語られるシーンもあり、お仕事モノとしての魅力もたっぷり。謎の殺人事件に発展していくミステリー部分も面白いですが、仕事のプロフェッショナルたちがお互いに引けない部分で意見を違えて衝突するシーンも引き込まれるものになっています。登場するキャラクターたちが大人なので相手の意見を尊重しつつも、それぞれ自分の譲れないものを持っており、不義理なことやルールから外れることなどはしないところが、彼らを好きになれるポイントでした。
もともとのオリジナルはキャラクターのイラストがリアル寄りでしたが、今回はアニメ寄りになり親しみやすくなっています。とくにオリジナル版をプレイした人はガラリと変わったキャラクターに驚くのではないかと。ただ、キャラクターのイメージはしっかり踏襲していますし、絵柄は変わっても違和感は無いので、そこは安心してもらいらたいですね。
絵柄に関してはオリジナル版もリメイク版もどちらも良さがありますが、大人しそうなプログラマーがイケメンに変わっていたりして、「そう来たか!」と思わせてくれますし、女の子も可愛いデザインになって親しみやすいです。ぜひ見比べてみて欲しいです。
謎解き部分に関しては、解答の文字を入力して進むシーンも多いのでしっかり物語の意味を理解していなければ解けません。ただし、オリジナル版の公式サイトのヒントは残っており、ほぼ答えの内容を知ることができます。自分で考えるのが楽しい作品ですが、どうしても詰まった場合はチェックしてみてくださいね。
物語の核心についてはネタバレになるので触れることはできませんが、人間関係のもつれから起きた殺人事件かと思われていたものが、かなり壮大な話へと広がっていきます。後半は「こういうことだったのか!」と驚くことの連続になっているので、ぜひ遊んでみてください!
インタビュー
ここからは「ANGEL WHISPER」を手掛けるクリエイターの宮下英尚さんと、本作のオリジナル版をプレイしてファンになったというシナリオライターの土屋つかささんの対談記事をお届け。「ANGEL WHISPER」の魅力はもちろん、アドベンチャーゲームの持つポテンシャルについてもお聞きしているので、ぜひチェックを。
宮下英尚さん
ミスタ・ストーリーズ代表。2020年に1998年に発表した将棋ミステリー「千里の棋譜」のリメイク、2022年には同じく1998年に発表したサイコサスペンスADV「人形の傷跡」のリメイクを発売しており、今回の「ANGEL WHISPER」は宮下氏が過去に手掛けた作品の3回目のリメイクとなる。
土屋つかささん
ゲームクリエイター、作家、シナリオライター。近年の参加作品には「シュタインズ・ゲート ゼロ」「シンスメモリーズ 星天の下で」「ANONYMOUS;CODE」などがある。
シナリオライターの土屋さんが感銘を受けた部分は?
――本日はよろしくお願いします。まずは宮下さんと土屋さんの経歴からお聞かせください。
宮下:私はもともとゲームの仕事をするつもりはなかったのですが、大学院生の時代に片手間でゲームを作り始めたことで、この業界に進むことになりました。今でいうところのインディーズ的な形でゲームのリリースをはじめて、オリジナルの「ANGEL WHISPER」もそのひとつになります。その後は岡本吉起さんのゲームリパブリックに参加して「FolksSoul -失われた伝承-」のシナリオを担当し、フリーランスに戻ってからは、将棋が題材の「千里の棋譜」やサスペンスノベルの「人形の傷跡」を発表しました。
――公式サイトの略歴に、「投資運用の結果、2013年にすべてのゲーム制作の非営利化を実現した」と書かれていて驚きました。こういうクリエイターの方は珍しくないのでしょうか?
土屋:いや、宮下さんのほかには聞いたことがありませんよ(笑)。
宮下:今はNintendo Switchをはじめとしたコンソールがメインなので、無償というわけにはいかないですけどね(苦笑)。スマホアプリのころは投資運用に熱を入れていたこともあり、ゲームとビジネスを完全に切り離すことができました。
土屋:なるほど。私はもともとシステムエンジニアでしたが、その後は4年間ほどスクウェア・エニックスでプランナーをしていました。ライトノベルの賞をいただいたことに専業作家になりましたが、その後はお誘いいただいたことをきっかけにゲームのシナリオを手掛けるようになりました。
――おふたりは面識があったのでしょうか?
宮下:いえ、今日が初めてです。
土屋:僕は宮下さんの「ANGEL WHISPER」の大ファンで、作品のことを語れると聞いてやってきました(笑)。この対談のために、Nintendo Switch版の「千里の棋譜」をプレイし、iOS版の「ANGEL WHISPER」も改めてクリアしてきました。
宮下:それはありがとうございます!
土屋:いえいえ。当時、「なんて面白いものを作るんだ!」と衝撃を受けて、それから宮下さんは憧れのクリエイターのひとりとして尊敬しています。
――オリジナル版はリアルタイムでプレイされたのでしょうか?
土屋:昔の話なので記憶が曖昧ですが、当時読んでいた雑誌のなかに同人ゲームを紹介する記事あり、前編が無料でプレイできたので遊んでみた気がします。実際にウェブにアクセスしないと解けない謎があったり、メールマガジンをもらわないと進めない展開が含まれており、1998年当時はまだ誰でもネットが使えるわけでもないにも関わらず、今で言うところのトランスメディアストーリーテリングに相当するゲームを当時の技術でやっていたことに感銘を受けました。それ以来、ずっとファンですね。
宮下:ありがとうございます。X(旧Twitter)でもすごく作品を応援してくださっていて、励みになっています。土屋さんご自身もプログラム関係の知識もお持ちで、シナリオとプログラムの両方ができるクリエイターとして尊敬しています。
――確かに両方が出来る人は珍しいと思います。
土屋:ありがとうございます。僕自身は物語がロジックの連続だと思っていて、それはプログラムも同じだと感じています。そのため、僕にとって物語を書くというのは、プログラムとそこまで大きな差はないと思っています。それは「千里の棋譜」や「ANGEL WHISPER」にも感じていて、ロジックとロジックの繋がりが物語になっていて、それがゲームという形になっている印象があります。
――それは興味深いです。「ANGEL WHISPER」については後半でじっくり詳しく聞かせていただきたいのですが、まずはおふたりが思い出に残っているゲームなど教えていただければと。おふたりともファミコン世代になるのでしょうか。
土屋:自分は78年生まれで、ファミコン世代ですね。
宮下:自分は少し上で75年生まれですが、土屋さんと同じく家庭用ゲームが普及した世代で、ファミコンで遊んでいました。
――影響を受けたゲームはありますか?
宮下:私はアドベンチャーゲームだと菅野ひろゆきさんです。とくに「ANGEL WHISPER」は「EVE burst error」や「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」の影響をすごく受けています。当時、この作品に感銘を受けて、自分もなにか作ってみたいと考えました。
――菅野さんはシステムのパズルとストーリーがうまく合わさっている作品を作る作家の方でしたよね。
宮下:そうですね。シナリオ単体として評価しても圧倒的な物量を読ませる文章力や壮大に展開していくストーリーなど、非の打ち所がありません。
土屋:それで言うと、僕は飯野賢治さんの作品になると思っています。そのなかでも音しか無いゲームの「風のリグレット」はとても衝撃を受けました。当時は大学生で見たこともないゲームが遊びたいとずっと思っていて、そんなときに出会えたのが宮下さんの「ANGEL WHISPER」や飯野さんの「風のリグレット」でしたね。
――「風のリグレット」は音がないことがしっかりミステリーの仕掛けにもなっていて面白かったです。
土屋:はい。ラジオドラマではなく、しっかりゲームとして意味のあるものになっていましたね。
ゲームとリアルが交錯する、とても斬新な作品
――宮下さんがオリジナル版の「ANGEL WHISPER」を制作したときの思い出をお聞かせください。世紀末はノストラダムスの大予言などもあり、ざわついていたと思うのですが、宮下さんはどのような心境で本作を作ったのでしょうか?
宮下:当時は1999年の7月になにかが起きるのではないかと面白おかしく語られていました。そんななか、自分もノストラダムスを題材にした作品を作りたい、そして題材にするならどのようなゲームにするのか考えていました。メールマガジンを採用したことに関しては、ちょうどこのころにサービスが生まれ始めた時期で、自分がメールマガジンの編集長の人と仲良くなって、なにか一緒に面白い仕掛けができないかという話をしたんです。実際のゲーム会社を舞台にして、メールマガジンの記者も本当に登場して、ニュースも出したりすると、ゲームのことが本当のように見せられるておもしろいんじゃないかと考えました。
――まだインターネットも電話回線の時代ですよね。
宮下:そうですね。もしかしたら、ISDNにもなってなかったかもしれません。そのため、みなさんよくプレイしてくれたなと思います(笑)。文字を打ち込んでワードが合わないと先に進めないとか、サイトまで行かないと解けないとか、けっこう難しかったと思うのですが、みなさん興味を持って遊んでくれてありがたかったです。
――リメイク版をプレイさせていただきましたが、ヒントも充実していて今回はかなりプレイしやすくなっていると感じました。
宮下:アドベンチャーゲームも現代と合わせて作り方を変えないといけないなと感じました。
――土屋さんが「ANGEL WHISPER」をプレイしたときの感想はいかがでしょうか。
土屋:僕らが子どものころはノストラダムスの大予言はリアルなものでした。1999年に近づけば近づくほど、何も起きないんじゃないかという空気にはなっていたとはいえ、世紀末が近づくことに対する漠然とした不安は、みんなが抱えていたと思います。そのなかで「ANGEL WHISPER」は真正面からノストラダムスの大予言を捉えたストーリーだったので驚いた記憶があります。
――本作はゲームクリエイターが主役のストーリーになっていますが、その部分に関してはいかがでしょうか?
土屋:クリエイターの部分は当時そこまで押し測ることはできなかったのですが、最近、iOS版をもう1回遊んでみて、クリエイターの矜持が詰まっているゲームだなと思いましたね。当時は制作団体ルナティックスを率いる彩月のモデルは飯野賢治さんがモデルなのかなと思いながらプレイしていました(笑)。
宮下:そう言われればそうかもしれません(笑)。なお、キャラクターのデザインに関してはリメイクでデザインが変わりました。
――とくに進藤はかなり違いますね。
宮下:セリフはまったく変えていないのですが、外見は今風にアレンジしています。今はプログラマーもイケメンの人がすごい増えていると感じており、今回のようなデザインにしました。
――宮下さんがゲーム内にクリエイターの矜持を感じられるようなシーンを入れた理由をお聞かせください。
宮下:当時はゲームを作り始めて年数が経っていたわけではないので、このゲームを面白くするにはどうしたらいいのかだけを考えていた感じです。彩月が矜持を語るシーンであれば、そこに読み手であるプレイヤー意識を集中させるという意図があり、その後のどんでん返しに繋げる伏線にもなっています。ただ、今、自分で読み直すと、当時は自分もいろいろなことを考えていたんだろうなと感じることもあります。
土屋:それぞれ“モノを作るのはこういうことなんだ”という思いを抱いており、それは決して同じ方向は向いてないけれども、確固たる矜持は全員が持っているんだなと感じました。ちなみに宮下さん御本人は制作においてどのパターンなのでしょうか?
宮下:自分は面白いかどうかに尽きるのかなと。メッセージ性があるに越したことはないとは思うのですが、料理と同じで美味しいか美味しくないかだけがすべてだと感じています。料理が栄養があるかないかよりも美味しいか美味しくないかが大事なように、ゲームも面白いのか面白くないのかが大事です。そのため、ゲーム中で乱橋が話している「子供たちのために」というような意識は低く、どちらかというと彩月のような「面白いものを作りたいんだ」という思いのほうが強いと思います。
――「ANGEL WHISPER」はリアルなキャラクターが多いですがモデルはいるのでしょうか?
宮下:当時はゲーム会社に入ってもいなかったので、想像で作りました。オリジナル版に登場していたメールマガジンの記者だけは実在の人物でした。なお、リメイク版では記者の役割は主人公の友人の高梨奈々に統合しています。
――ストーリーをメインに作られているというお話ですが、そんななかでキャラクターを魅力的に描くため、おふたりはどのような工夫をされていますか?
宮下:難しい質問ですね(苦笑)。
土屋:確かに(苦笑)。自分の場合は、まず語りたい面白い物語があって、その物語を語るためにキャラクターを造形するという形です。すごい極端な話をすると、キャラクターの名前を呼ぶシーンがあって、初めて名前を考えるというような。まず、話したい物語があって、そこにキャラクターの設定が作られていくというイメージになっています。
宮下:自分もまったく同じですね。ストーリーを構築して、プロットをかっちり組んでから、キャラクターを動かしています。ただ、そういう作り方をしているので破天荒なキャラクターを作れないのが自分の課題でもあると考えています。コミカライズなどのほかのメディア展開を考えたときにキャラの弱さが弱点になってしまうのではないかと感じています。「千里の棋譜」では、高橋九段のようなキャラが立った人物を登場させることができたので、もうちょっとエンターテイメントを意識した破天荒なキャラクターも登場させたいですね。「ダンガンロンパ」のような作品をプレイしているとキャラクターが面白いなと思いますし、勉強になりますね。
――続いて「ANGEL WHISPER」のシステムについてお聞かせください。リメイク版はプレイしやすくなっていますが、オリジナル版は外部のサイトに飛んだり、メーリングリストに登録したりと、すごく凝っていましたね。
土屋:自分はメカニクス以上に遺作をプレイするという内容に驚きました。Webは由島博昭が残したものであって、変わらない固定のものなんです。しかし、それでいてゲームを進めないと先のものが読めないような仕組みになっていて、非常にクレバーなやり方だなと思いました。あれはどういう手順で作ったのでしょうか?
宮下:仕掛けを考える設計のフェーズで「こんなものが出来るな」という仕掛けを考えていきました。ウェブを参照して暗号数字を得るという簡単なものから、メールマガジンに登録してメールをもらうものなどを作っていき、当時のWebの技術でできることを順番に作っていきました。
土屋:由島の画像がミスで表示されていないような仕掛けで、彼の顔が分からないようになっているのがうまいなと思いました。
宮下:彼の顔を見せるかどうかは悩みましたが、ミステリアスな感じを出したくて、隠すことにしました。
土屋:リメイクに関してはゲームのなかにブラウザが表示されるような形になっているのでしょうか?
宮下:そうですね。リアル感は薄れてしまいますが、苦肉の策でこのような形にしました。設定としては、開発者がウェブにあるものを、Nintendo Switch向けに親切に移したという形になっています。なお、オリジナル版のものもそのまま残しているので、ゲーム内で表示されるURLを入力すれば閲覧できるようになっています。
――リメイクをプレイさせていただいて、進行はすごく親切になっている一方、謎解きに関してはしっかり考えないと解けない作りになっていると感じました。どのようなコンセプトで制作されたのでしょうか?
宮下:「ANGEL WHISPER」のシステムは昔ながらのアドベンチャーのもので、場所を移動するとイベントが起きて、そこでフラグが立って、次の場所に移動するというものですが、さすがに今プレイするとどこに行けばいいのか分からず諦めてしまうユーザーが多くなると思ったので、できるだけヒントを多く用意しようと思いました。文章は読まずにヒントだけを見ても進めるようにしています。
土屋:良いと思います。このゲームが生まれた1999年から今に至る20数年の間にも、アドベンチャーゲームは、長い長い物語を語るための“物語る”ツールとして進化を続けてきました。現在はゲームをクリアするためにすごく悩むことが必要なのか、どれくらい悩むのが必要なのかということが加味できる時代になったと思います。たとえば、「千里の棋譜」であれば選んだコマンドが、どんどん消えていき、残ったコマンドを選び続ければ、クリアするようにできています。そのようにユーザビリティを高めることによって、より物語に没入させるということが可能になったと思っています。
――おふたりにとってもそれはいい変化であると。
宮下:はい。ただ、難しいところもあって、簡単にしてしまうと達成感が無くなってしまうのではないかということも考えています。やはり山頂で食べるおにぎりが美味しいのは苦労して山を登ったからで、ストーリーで最後で感動するのもゲームを攻略したからこそ感動できる部分もあるのかなと思います。昔ハマったゲームのリメイク版をプレイしたときに親切設計になっていて遊びやすかったものの、学生時代にプレイしたときのような達成感は得られないことがありました。やはり、あえて負荷をかけたほうが、達成度や面白さ、感動などが、上積みされていくことはあると思います。ただ、難しくても途中で止めてしまうと思いますし、そこのバランスは大事だなと思います。「ANGEL WHISPER」もうまくいっているといいのですが。
――自分はエンディングまでプレイさせてもらいましたが、ほどよい難易度だと感じました。自分で考えなければ答えにたどり着けない謎も用意されていて、歯ごたえもありました。
宮下:まだリリース前(※インタビュー時)なので、それを聞いてすごく安心しました。質問に対する回答を直接入力するシステムは珍しいと思うのですが、答えが閃かなければ次に行けない仕様なので、ゲームバランスは悩みました。
土屋:作り手としては日本語の文字列を入力させるのが勇気があるなと思いました。アルファベットの8文字とかだったらユーザーも入力しやすいと思いますが、日本語は閃きがないと難しいですよね。
宮下:そうですね。それが怖くてNintendo Switch版はヒントをどんどん追加しました。昔は逆に怖いもの知らずだったから、高いハードルのものを平気で実装していましたね。
――当時はユーザーからヒントが欲しいという連絡も多かったのではないでしょうか。
宮下:はい。メールで送られてくる質問に答えることが多かったです。とくに「最後の質問の意味がわかりません」というものが多くて、しっかり意図が伝わらなかったことが歯痒かった思い出があります。
土屋:「ANGEL WHISPER」は音楽が非常に印象的だなと思っていて、とくにテーマソングは当時の僕のなかでのメジャーナンバーのひとつだったのですが、あれはチームの方が作られたのでしょうか?
宮下:「ANGEL WHISPER」はもともとある曲をお借りしたり、素材集の曲を使っていることが多いです。自分自身が既存の曲を自分のゲームに当てはめていくのが好きなんです。
土屋:なるほど。リメイク版の曲は当時のアレンジというわけではなく、新曲になっているのでしょうか。
宮下:両方ありますね。当時のメインテーマなどの良いと思った曲は、音質を上げて再収録しています。新しい曲は、大嶋啓之さんという「天穂のサクナヒメ」などを担当している方の最新のアルバムから3曲ほど挿入歌で使わせていただいています。
今、「ANGEL WHISPER」を復活させた理由
――「ANGEL WHISPER」をリメイクした理由をお聞かせください。
宮下:「ANGEL WHISPER」は人類の文明をこの先どうしていくのかということを、主人公とともにプレイヤーに問いていく内容になっています。
昨年も大きな戦争があったり、地球温暖化の問題が浮上してくるなか、改めて文明に関して考えるきっかけになればいいなと思いました。先ほど申し上げたようにゲームはおもしろいのがすべてという考えなのですが、自分が年を取ったことで、社会的な意義も意識するようになりました。今回のリメイクにあたり、新たなエピローグを追加したのもそのひとつですが、声優の清水愛さんにボイスメッセージをいれていただいたので、ぜひ聴いてみて欲しいですね。
――すごく良い内容でした。オリジナル版をプレイしている人は、より感動できるのではないかと思います。
宮下:その人物が本当に存在していてプレイヤーに話しかけているような演出を意識しました。
土屋:自分はまだリメイク版をプレイしていませんが、公式サイトにエピローグの追加があると書いてあってビックリしました。
宮下:土屋さんのようにオリジナル版を楽しんでくれた人にプレイしてもらいたくて追加しました。
――リメイクをすると決まった段階からエピローグの追加は決まっていたのでしょうか。
宮下:そうですね。単純にリメイクするのも芸がないと思いました。ただ、いちど完成させたストーリーは、改めて見たときに問題は感じたものの、変えることができなかったです。そこで最後のエピソードだけ追加する仕組みにしたのですが、世界でいろいろなことが起きているなかで伝えたいメッセージは込められたのかなと思いました。
――ストーリーは変わらないですが、キャラクターのデザインは大きく変わりましたね。
宮下:前回の「人形の傷跡」からデザインは変えていて、前の絵の方が味があってよかったと仰ってくださるかたもいるのですが、2023年の新しいユーザーに手に取ってもらうことが大事なので、昔にこだわらず、今いちばんいいと思うタッチでお願いすることにしました。
――今回のリメイクではとくに高梨奈々がかわいくなりましたね。
宮下:自分も奈々がお気に入りで、タイトル画面も奈々がメインになっていますね。
デザイナーさんからは奈々をメインにするものと咲子をメインにするものの2種類の案が上がってきていました。最終的には架空の人物たちが画面に写っていて、その画面を咲子が操作しているという形になったので、奈々がメインになりました。
――土屋さんはお気に入りのキャラクターは?
土屋:僕はやはり由島ですね。人に対してとぼけたことを言うのがすごい好きです。彼が心の中で言っているのかと思ったら、本当に言っていて相手がツッコミ返してくるような展開が好きですね。
宮下:由島の性格に関しては完全に「EVE burst error」の影響ですね。軽口で女の子をからかったりする主人公がいいなと思い、由島もああいった主人公になりました。
土屋:すごくいい話です(笑)。
宮下:ただ、今回テストプレイを女性の方にやっていただいたときに今だと失礼に当たるんじゃないかという指摘を受けて、修正しましたね。確かに主人公と奈々は仲がいいですが、女性に対して失礼だったり、好感度が悪いだけの男に映ってしまうようなシーンは違和感がない程度に修正しています。
改めて定義するアドベンチャーゲームの強み
――この記事がアドベンチャーゲーム連載の枠組みということでアドベンチャーゲーム全体についてもお聞かせください。おふたりがアドベンチャーゲームを歴史を語る上で外せないと思う作品を教えてください。
土屋:またまた難しい質問ですね(苦笑)。
宮下:自分は「ポートピア連続殺人事件」ですね。最初はギャグだと思っていたのに最後で重要になるコマンドがありますが、「ANGEL WHISPER」でも似たような仕掛けを入れています。
土屋:「ポートピア連続殺人事件」から発想を得ていたんですね。
宮下:プレイしたときは子供だったのですが、最初に遊びのコマンドに見えていたものが、最後に犯人を当てるコマンドになっているのが面白いなと思ってすごく印象に残りました。
土屋:自分も最初にプレイしたのはファミコンの「ポートピア連続殺人事件」でしたね。ただ、自分のなかでエポックなのはやはり「風のリグレット」です。音だけで進行するマルチエンドのアドベンチャーゲームという、新しいことに挑戦し、メカニズムとして成立させている作品だと感じました。
――おふたりはアドベンチャーゲームのどんなところに可能性を感じていますか? アドベンチャーゲームはどんなところに魅力があり、どのように進化していくべきなのかお聞かせください。
土屋:アドベンチャーゲームに限ったことではないですが、ゲームというのは短くても4、5時間、長ければ50時間以上も物語を見続けるコンテンツになっています。そして、そんな長時間の物語を提供できるコンテンツは、ゲーム以外にはないんじゃないかと思っています。映画だって2時間だし、ドラマだって11話だったら11時間ぐらい。そう考えるとゲームは大河ドラマ並みの物語を提供できるコンテンツと言えるわけで、なかでも物語に強く志向しているのが、アドベンチャーゲームだと思っています。そのため、物語る仕組みとしてのアドベンチャーゲームには強い可能性を感じています。
宮下:私も同じような考えですね。現在はゲーム会社でアドベンチャーゲームの企画を通そうと思ったら、面白いストーリーだけでなく凝ったシステムなどを考えなければいけなくなっていると思います。ただ、土屋さんがおっしゃるとおり、物語だけで面白さは構築できるし、それこそがアドベンチャーゲームの本質であるとも考えています。物語が面白いというだけで評価されるのは、作り手としてもありがたいですね。
――現在は「ポートピア連続殺人事件」を題材にしたAI技術デモが公開されたり、アドベンチャーゲーム以外でも「ブルーアーカイブ」でAI会話が研究中だったりするそうですが、今後アドベンチャーゲームはどのように進化していくと思いますか?
宮下:アドベンチャーゲームは停滞しているジャンルというイメージを持っていると思いますが、やはり斬新なシステムは、なかなか出ないんじゃないかなと思います。もしも出たとしても、それは本質的な進化ではないのではないかなという気がしています。ただ、AIが導入されれば同じセリフを繰り返すような場面は変えられるかもしれません。「ANGEL WHISPER」は東京周辺の街を舞台にしていますが、AIによって本当の日常のように生き生きとしている姿になり、ちょっとまた世界が変わってくる可能性もあるのかなと思います。また、そういったAIのセリフの中からキーとなるセリフを見つけていくような新しい遊びが生まれてくる可能性もあるかもしれないですね。
――土屋さんはどうですか?
土屋:自分はアドベンチャーゲームは常に変化しながら進化していくのかなと思っていて、画面の上に立ち絵があって、画面の下にテキストメッセージがあって、コマンドを選択して進行するというオーソドックスな形式から、コマンドを選ぶのではなく、画面いっぱいに文字列が流れてくるものを読む、いわゆるビジュアルノベル形式が流行り、さらに選択肢も極限まで減らしていく流れもありました。一方、「逆転裁判」や「ダンガンロンパ」のように、立ち絵とテキストメッセージという構成の上で、斬新なシステムで物語を提供する物もリリースされ続けています。今は、アドベンチャーゲームというメカニズムの中で表現できる物語は、もっと幅があるんじゃないかと見直されている時期なんじゃないかと思っています。
――なるほど。
土屋:他のジャンルでは難しい、アドベンチャーゲームでしか見せられない物語の幅はまだまだいっぱいあって、僕はそこに伸びしろがあると思いますね。
――それでは最後に読者に「ANGEL WHISPER」のファンや、この記事を読んで作品が気になった人にメッセージをお願いします。
土屋:「ANGEL WHISPER」と無関係の人間をこんな素敵な回に参加させていただきありがとうございます。非常に光栄な時間を過ごすことができました。当時の僕は大学生で、見えない将来に対して、どう、生きていこうかと悩んでいた時代でした。そんなときに本当に見たこともないゲームを作ってくれる人がいたということに感動しましたし、今、ゲーム業界に身を置いている理由のひとつにもなっています。僕にとっての大事なゲームですし、これから遊んでいただく方が、僕のような気持ちになる人もいたら、うれしいなと思います。
宮下:これからプレイする人は「ANGEL WHISPER」が由島の遺したゲームで、そのゲームをプレイしている自分こそが、主人公という立場を意識して遊んでもらうと、よりおもしろいのかなと思います。古い作品のリメイクではありますが、最後の展開に関しては今でも自信があるので、ぜひ最後までプレイしてみて欲しいです。
後記
今回は制作者の宮下さんと、作品のファンである土屋さんという珍しい座組でしたが、土屋さんも第一線でアドベンチャーゲームを制作しているだけあり、とても興味深い対談となりました。
おふたりがアドベンチャーゲームの進化について予想や展望を語りつつも、長大なストーリーを“物語る”装置としてのアドベンチャーゲームに可能性を感じていることが興味深かったです。
物語を読んでもらう利点はしっかり残しながら、今後アドベンチャーゲームがどのように進化していくのかは筆者としても気になるところ。これからも連載でアドベンチャーゲームの魅力に迫っていくので、引き続き応援よろしくお願いします!
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