2024年7月17日から10周年イヤーを迎えている「アイドルマスター SideM(以下、「SideM」)」。記念すべきこの1年で実に多種多様な催しや新たな試みが実施されている。
目次
「SideM」のキャラクターデザインを担当した曽我部修司氏とののかなこ氏、そして両氏が所属するクリエイティブユニット・FiFSによる初の「SideM」とのコラボイラスト展「スリー・ワン・ファイヴ」もその一つだ。本展のために描きおろされ、今までにない装いを纏ってこれまでとは違った筆致で描かれた315プロダクションのアイドルたちのイラストは、公開後すぐに、プロデューサー(「アイドルマスター」シリーズファンの総称)たちには大きな興奮を、「SideM」を知らない方にも「SideM」の存在に気づかせるほど大きな衝撃を与えたことは記憶に新しい。
そんな「スリー・ワン・ファイヴ」は2024年7月にVOL.1を開催して以降VOL.4まで計4回が終了。49人の315プロダクションのアイドルたちのイラストを4回に分け公開・展示してきたが、今年3月14日から開催中のVOL.5ではついに全員が一同に会し、VOL.4までとは大きくスケールの異なる、集大成にふさわしいフィナーレを飾る。
FiFSにとって新しさに満ち満ちていた「スリー・ワン・ファイヴ」にはどのような想いが込められているのか? 曽我部氏とのの氏に、本展企画の始まり、イラスト制作過程や大切にしたこと、絵を描くことの矜持から「SideM」への想いまでたっぷりと伺った。
両氏擁するFiFSが1本の線に、ひとつの色に、どれだけの愛と情熱と覚悟を込めて重ねて今回の315プロダクションのアイドルたちを描いたのか。それを感じてもらいながらVOL.5を堪能してもらえると嬉しい。
今、「スリー・ワン・ファイヴ」を開催した理由
――「スリー・ワン・ファイヴ」についてお伺いする前に、FiFSさんと「SideM」の今までの関わり方についてお聞きしてもいいでしょうか。キャラクターデザインをされたあとはどのように「SideM」と関わってこられたのでしょうか?
のの氏:ソーシャルゲーム版「アイドルマスター SideM」や「アイドルマスター SideM LIVE ON ST@GE!」では、いわゆる「カードイラスト」をローテーションで描かせていただいていました。
曽我部氏:次にリリースされた「アイドルマスター SideM GROWING STARS」では、C.FIRSTのデザインをさせていただきました。ライブやイベントごとの記念イラストも「THE IDOLM@STER SideM 6thLIVE TOUR ~NEXT DESTIN@TION!~」を手がけ、現在の10周年でもまた担当させていただいています。
のの氏:ほかにはTVアニメのBlu-ray&DVD全巻収納BOXのイラストなど、局所的なご依頼に対応させていただいている形ですね。
――そういった中で今「スリー・ワン・ファイヴ」を開催しようと思ったのはなぜですか。
曽我部氏:やっぱり10周年を迎えた今だからこそ、「SideM」と一緒に何かしたいなという想いがあったからです。「SideM」は今ファンコン(「315 Production presents F@NTASTIC COMBINATION LIVE」)をはじめとした新しい展開を次々と迎えており、勢いも増している。そういう前向きさを、バンダイナムコエンターテインメントさんと様々なご相談をする中ですごく感じて。
のの氏:10周年記念イラストの打ち合わせでも、15周年の構想が出るくらい、前を見ていらっしゃるんです。
曽我部氏:大前提として、僕らはお仕事をいただく中で「クライアントさんの夢を叶える」ことを大事にしているんですね。そのためには、関わらせていただくタイトルごとに絵柄も調整しますし、たとえば「『SideM』が好きで」と新しいIPのお誘いをいただいたとしても、「じゃあ『SideM』っぽくしましょう」ではなくその方が本当にやりたいことを毎回毎回一緒に探してそのためだけの絵を提供したいと思っています。そういうスタンスなので、バンダイナムコエンターテインメントさんが「『SideM』はもっと上を目指すぞ!」という言うのであれば、ぜひ僕らも一緒に!思ったんです。
それで、ちょうどここ2年ほどで他社さんのIPをお借りしてFiFSとしてイラスト制作・展示・物販をさせていただいたこともあったので、その経験を拡げる形で何かできたらいいな、と考えていきました。

――展示の方向性や内容はどのように考えていきましたか。
曽我部氏:一番は「イラストを描くことで僕らなりに『SideM』の新しい魅力を提案したい」と思っていました。なぜそう思ったかと言うと、たとえば「SideM」のアイドルを構成するものとして、イラストの他にも設定(文字情報)や声優さんのお芝居、楽曲などがありますよね。その中でイラストは、表現が難しいのですが個人の意見として、楽しんでいただくメインの流れにあまり付随しないというか、クリエイターとして“最初に送り出したらあとは見守るだけ”という立ち位置だと思っているんです。
――確かにそう言われると、イラストは未来よりはある意味で“思い出”に近いものかもしれません。
曽我部氏:FiFSは何か記念のタイミングでイラストを描かせていただくことが多いので、特にそう感じた部分もあると思います。でもだからこのタイミングで、僕らのイラストだからこその方法で新しい魅力を提案できないかなと思ったんです。
のの氏:普段のイラストのお仕事は、「SideM」であればその時々でバンダイナムコエンターテインメントさんのご相談に、私たちの持つ知識や技術で忠実に応えていくというものなので、私たちから積極的にやりたいことを打ち出す場ではないと思っています。常に始まりにはご依頼がある。なので、今回FiFSは315プロダクションのアイドルたちと何をしたいんだろう、とゼロから考えるのは今回が初めてでした。
その中で、まず「とにかくカッコよく」そして「315プロダクションのアイドル49人を描きおろして、全員の新たな切り口を提示する」というコンセプトを掲げました。みなさんの中にもすでにアイドルたちのイメージがあると思うんですけど、今までとは異なりFiFSが発信するからこそ、少し違ったものを出してもいいのではないか、と思ったんです。
「SideM」に限った話ではないのですが、ある人物を描く時に新しい切り口として、「こんな表情もできるんだよ」というのは、キャラクターデザイナー本人がやらないとなかなか広がりにくいケースもあったりするんです。コンセプトや設定がある中で、各絵描きさんが資料に沿って描くので、仕方ない部分ではあるのですが。ただ、「SideM」は10年を経て、アイドルたちがデザイン当初からの想像を超えた成長をしてきていると思うんです。であれば今こそ、キャラクターデザインをお任せいただいた私たちが10年の歩みを見たうえでひとりひとりに対して、新しい魅力を打ち出せるのではないかと。それによって、さらに「SideM」のアイドルたちの表現を広げることに少しでも繋げていただけるんじゃないかなと考えました。
そして同時に、これによって「FiFSの仕事の幅」を世の中に知っていただきたいという想いもありました。
曽我部氏:音楽やタイポグラフィ等のデザインも今回のために作っていて、それも含めての提案です。音楽は蓮尾(理之)さん、デザインは内古閑(智之)さんといういつも一緒に仕事している方々にFiFSのイメージでお願いしています。
のの氏:今回描いたイラストは、通常の立ち絵や「SideM」等で使われている我々の普段のイラストに比べると、4~5倍の手間と時間がかかっています。だから依頼いただくこともなくて、つまり私たちのそれだけの手間をかけるとどれだけのクオリティの仕事ができるのか見ていただく機会になったということなんです。
曽我部氏:特にお見せしたかったのは仕事への姿勢ですね。いわゆるプロの仕事って何かというと、希望や納期など「言われたことを守る」ことだと思うんです。でもそれだけで良いイラストができるわけではないですよね。むしろ僕は、クリエイターがプロを名乗るのであればそういったプロの意識に加えてアマチュアリズム、つまり愛を持っていることも重要だと思っているんです。愛のないプロも結構見てきたので、それはすごく大事なものだと思います。
でも、難しい条件でも「仕事をするなら愛があるのが当たり前だよね」「愛があるんだからこれぐらいやってくれるでしょ?」と思われてしまうと苦しいじゃないですか。という中で今回「『作品やアイドルのことを精一杯考える』という愛を最大限込めたベストな仕事」の例を作ってみることにしたんです。僕らは愛を持って絵を描きたいので、ただ企画のために描くのではなく、条件を整えさせていただければ「これでもかと愛を発揮して作品やアイドルのために描く」こともできるよ、という新たな仕事の枠組みの提案という感じですね。
のの氏:なので今回、時間や予算、どこまで塗り込むかも上限を決めずに描いていて。終わりが見えなさすぎた部分はありました。終わりそうになっても「最後、ここで止めていいのか!?」となってしまうんです(笑)。
曽我部氏:時間がないのもわかっているんですけど、今回僕らの愛を見せることもひとつの目標にしてしまったので。「まだやれるのにやらないのはダメだろう!」という気持ちと、締切とのせめぎあいでしたね。その点は次回以降への反省が大いにありますが、それも今回やってみたからこそ気づけたことだと思います。上限を決めずにやってみたからこそ得た成長や気づきも多くありました。

FiFSが最高のイラストを描くまで。そして「絵を描く」ことへの想い
――FiFSさんにとっても新しい挑戦の展示なんですね。アイドルひとりひとりにフォーカスしたという作業についてもう少し詳しくお伺いできますか?
のの氏:作業としては、まずは「これが出てきたらもうカッコいいよね?」というシルエットから作ってきました。服がどうなっているかではなく「こう立っていてほしいみたい」という姿から考えるんです。最初に、昨年5月に公開したティザーPVで黒い衣装が映っていた3人(天ヶ瀬冬馬、天道 輝、天峰 秀)からシルエットを描いていきました。3人をベースとして、他のユニットを考えていく、という流れですね。

――いつもシルエットから考えるんですか?
のの氏:そうですね、シルエットは一番重要視しています。いつもの立ち絵でも、元気なアイドルならアクティブなシルエット、クールなキャラならスッとしたシルエット、というようにシルエットを見るだけで誰なのかわかるように意識しながら始めていきます。
曽我部氏:どんなに良い絵を描いても「どうやって使われるか」が最終的に一番大事だと思っているので、そうなるとシルエットがすごく重要なんです。たとえば体を大きく横に広げたシルエットだと「それだと横に複数人並べられない」という話になってきますよね。
近い話では「パースをどれだけ付けるか」というのもあります。手を前に出している姿を描く際にパースを付けて手を大きく描いてしまうと、その前後に別の人物を置いた時に遠近感がおかしくなってしまうんです。なので多用途を求められる場合にはできるだけ、そういった前後関係を圧縮した“望遠のパース”で描くようにしていますね。
それで「最終的な目標は『このアイドルを好きになってもらうこと』だと決め、構図によって付与されている絵の魅力を他のことで代替して、同じだけ魅力的な絵に見えればいいんじゃないか?」と思ったんです。昔格闘ゲームで、パースもそんなに付いていないしポーズも大げさじゃない立ち絵なのにものすごく満足感がある絵を描かれる方がいらっしゃったんですけど、僕らも、どうしても使いにくくなってしまう絵としてのダイナミズムにこだわるより、別の方法でアイドルたちの魅力を表現していけるんじゃないか。だから描こうと思ったら全然アクションのある絵も描けるんですけど、やっぱり何回も使われることがわかっているので、そこを考えるとFiFSの絵はだんだんと必然的にフラットな構図になっていくことになりました。
――そんなところまで考えて描かれているんですね。
のの氏:シルエットが決まったら、線画のラフを描きつつ、衣装の詳細デザインも検討し始めました。実はこの段階ではアイドルたちの髪の毛を少しアレンジするという案もあったのですが「むしろ、いつものみんなの一番いい姿を見せてあげたい」という気持ちのほうが強くなって、基本的に髪型は変えないことにしました。
――黒で統一された服装のデザインは、どういう形で決まったのでしょうか?
のの氏:衣装は私がメインで担当させていただいていたのですが、全体的に黒で、とにかくカッコよく!というのは最初から決めていました。あとは現代的であることも目指そうと。今回は「315プロダクションのアイドルにはパリコレみたいなファッションもカッコよく纏えるポテンシャルがあるぞ!」という気持ちのイラストでもいいんじゃないかと思ったんです。
そして今回は、やっぱり49人ひとりひとりにフォーカスを当てることが大事なので、いつもはユニットでコンセプトを揃えることに重きを置きますが、あえて同じユニットの中でも形が違っていてもいい、それぞれに似合うものを49人分にしたい、と考えていきました。

――ひとりひとりの衣装を考えるにあたり参考にされたものはありますか?
曽我部氏:それでいうと、世の中ですね。
のの氏:そうですね。モード系の雑誌やコレクション、あと実際街に並んでるお洋服を見て「これはあのアイドルに合いそうだな」と考えていきました。それと、単純に私がスーツが大好きで……「男性が一番カッコよく見えるのはスーツ!」という気持ちがあるんです。
でも絵描きからするとスーツって、線は少ない服なんですけど、こだわって描かないとカッコよくならないんですね。適当に描くとカッコ悪くなってしまう。ただ今回のイラスト展であればスーツのカッコよさに十分な説得力を出せるかもしれないなと。もう自分たちの絵の力を信じて!という感じですね。
――表情や塗り方もいつもとは違った雰囲気で、そこにも見応えがあります。
曽我部氏:「SideM」のプロデューサーさんや他の作品を好きな方にも、ひと目見て「おお!」と驚いていただけるようなアプローチをしたいというのはすごく考えていて。キャラクターデザインを担当した僕らの目線で、「今までこの面を出してあげられなかったかも」という過去の自分たちの仕事に対する悔しさ、怒りみたいなところでもあって。もはや執念を燃やしながら取り組んでいましたね。
もしかすると「描き込む」=「くどくなる」と思われる方もいると思うんですけど、そうではなく、描き込んだ時に線画と印象の総量が変わらないように描き込んでいます。その分線画の主張を弱めつつ周りの影やディテールを解凍・展開していく。なので、ある部分に関しては描き込む一方で、別の箇所に関しては描き込み量を減らして情報を落としたりもしています。
のの氏:近づいたら「こんなに描き込まれてたんだ!」と驚いてほしいというか。印象がいつもと変わりすぎず、「ああ、私がプロデュースするアイドルだ」とすぐに伝わる、でも「まつ毛の長さ」や「唇の形」などの魅力に改めて気づいていただく……。私たちも、全員をもう一度研究し直すという気持ちで取り組みました。
――ひとりのアイドルを描くまでに、アイドルたちを見つめ直し、ものすごい時間と手間をかけているんですね。
曽我部氏:やっぱり、この10年間で何百人何千人と応援してきた方々がいるわけなので。その方々にできるだけ喜んでいただきたいとなれば、頼れるのは己の腕。そのために磨いてきた腕なので。常に調整しながら形にしてきました。
――おかげで、「SideM」をまったく知らない方にも「この人(アイドル)誰!?」と届いている感じがして。それも嬉しかったですね。
のの氏:あとは、「アイドル全員が絶対に誰かの一番なんだ!」と伝わるように描きたい、という思いもありましたね。誰かにとって一番のアイドルなのだから、そこに説得力が出るように――そういうプレッシャーもありましたね。
曽我部氏:見に来ていただいたプロデューサーさんたちにプロデュースの喜びを感じてもらいたくて、そうなるとやっぱり「プロデューサーさんたちにどう思ってもらえるか」がすごく重要で。
絵を描いていると「他人の意見はいいから自分が描きたいものを描け」みたいな話もあって、僕はそういう場面もあると思うんですけど、やっぱり「他人にどう思ってもらうか」を大事にする絵の作り方もすごく重要だと思うんです。今回はプロデューサーさんたちにアイドルたちとの信頼関係を強く感じてもらいたいと思っていました。
そしてそれにふさわしいイラストにするために、普段の僕らとは違う描き方をしています。

――非常に繊細な描き方をされていますよね。それがまた、モードな雰囲気にただならぬ神々しさや尊さを与えていて「アイドルって思わず目を奪う存在感があるんだ」という説得力になっている。思わず惹きこまれてしまいます。
曽我部氏:僕は昔「誰にも描けない絵を描いてやる!」と思っていた時期があって。突き詰めていった結果、実際に誰にも描けない絵柄ができたんですよ。どれぐらいかと言うと、アニメーターの知り合いに「これは誰も似せて描けないから、アニメでは動かせないね」と言われたほどでした。その時に「そうか、他の誰かにも描いてもらうことが前提の仕事では、この絵柄や繊細なこだわりは封印しなきゃいけないんだ」「誰にも真似できない絵というものが必ずしも良いわけではないんだ」と気づいて。それでいつもは他の方でも描いていただけるようにという意識でやっているんですが、今回はもう、基本はののと僕のふたりで描くと決めたので。誰も真似できなくていいと思って描いているんです。
――つまり、本当にFiFSさんにしか描けない絵なんですね。
曽我部氏:そうだと思います。僕が集中する時の描き方ってほぼ「点描」なんですよ。線を点で描くので。
――厳密には線ではなく、点の連続が線に見えていると。
曽我部氏:そうなんです。塗る時も同じで、一気に塗るのではなく点や短いタッチで埋めていくイメージで描いています。たとえば先ほど唇の話があったと思うんすけど、よく見ると唇も唇の形をしていなくて。こういう唇の印象なんだと伝わるように、必要なところにだけ点で塗っているんです。ゲーム業界だと、ドット絵に近い描き方かもしれません。
――ドット絵も、近くで見ると点が並んでいるだけですけど、遠めで見るとちゃんとキャラクターや風景のイメージが心に浮かびますね。
曽我部氏:2019年に別作品の関係でフランスに招待された時に向こうで美術館巡りをしたんですけど、その時もやっぱり点描で描かれた印象派の絵に惹かれたんですよね。現実をそのまま絵に描き写したわけじゃない。点を積み重ねただけのいわば嘘の向こうに印象として伝えたいことが伝わるというのがすごい心に残って。だから僕は「リアリティを出す」=「立体を描くこと」じゃないと思っているんです。「リアリティを出すとは、印象を描くことなんだ」というのはずっと考えていることですね。
――もうひとつ伺いたいのが、「スリー・ワン・ファイヴ」を拝見した時に、私は「絵の力」というキーワードが浮かんだんです。これは、フォトアクリルシリーズ「FACE」の「見つめ合ってほしい」というテーマや、入場・グッズ購入特典でいただける「イラストができるまでカード」でイラストの制作過程を開示する試みなどを見て「絵だからこそできることがあるんだ」という想いを感じたからなのですが、そのあたりいかがでしょうか?
のの氏:今回「イラスト展」という建付けでやらせていただけることになったので、その「ちゃんと人がひと筆ひと筆描いているんだ」というところをむしろ見せてもいいんじゃないかと思い、バンダイナムコエンターテインメントさんに「ラフや線画などの本来は出さない制作途中のものを出してもいいでしょうか」とお願いしたら「大丈夫です」と言っていただけて。
「イラストができるまでカード」に関しては、段階が進む中でどこが変わっていったのか比較する楽しみもある、と絵描きとしては思っているので、それをみなさんにも知っていただきたいという想いもあります。たとえば「ここではもう少し笑顔だったのに大分表情変わったんだね」という変化の中にどういう絵描きの考えがあったのか、想像していただくのも面白いんじゃないかなと。絵の鑑賞の仕方が広がりに繋がれば嬉しいなと思います。「いろいろ考えて描いてるからいろいろ考えて見てみてね」と言ったところでしょうか。
――「絵を描く」という過程、仕事にも光が当たる展示になっていると思います。
曽我部氏:僕としても「描く」という行為が改めて認められればいいな、という想いがあったので、こういった展示にさせていただきました。
イラストレーターやキャラデザイナーって基本的に裏方であることを求められることが多い仕事なので、みなさんから見ても我々の存在が表に見えにくいと思うんですよね。そのうえでさらにコロナ禍の影響もあり、携わっているのにその仕事が世に出ないという状況もあったので……実は展示開始前は僕たちとしても「世の中でFiFSはどう思われているんだろう?」という不安な気持ちもあって。
それゆえFiFSの色を前面に出した今回の展示にどれだけの方が来ていただけるのか読み切れず、展示の最初のほうはプロデューサーのみなさんを非常に混乱させてしまい、ご迷惑もおかけしてしまいました。
のの氏:どれぐらいお客様が来てくださるのかがわからなかったんです。すごくリアルな話をすると、その直前に参加したコミケに来てくださったお客様がおそらく30~40人だったので、自分たちも自信を失くしていたというか……想定が甘いと言われたらそれまでなのですが、一方で自分たちにそこまでの価値を感じられていなくて。なので、たくさんの方が来たいと思ってくださったことがすごく嬉しかったですし、同時に驚いてしまいました。

プロデューサーミーティングに参加した理由
――それではVOL.5のことをお伺いしたいのですが、はじめに先日VOL.5のPVも流れた3月15・16日開催の「THE IDOLM@STER SideM 10th ANNIVERSARY MEETING ~P@SSION UP!!!~」(以下、10thプロミ幕張公演)についてお聞きできればと思います。FiFSさんは今回初めて「協賛」という形で関わりましたが、こちらはどういう流れで決まったのでしょうか。
曽我部氏:以前の自分と今の自分で何が違うかというと、今の僕はPERSPECTという会社の社長なんですね。会社がある。ということは、もしかして協賛ができるのかな?というのが始まりでした。バンダイナムコエンターテインメントさんにも「ご迷惑になりませんか?」と聞いたら問題ないと言っていただいて。
のの氏:それを聞いてしまったら、もう、あまりにも安直なんですけど、プロデューサーさんたちに「『FiFS―!!』って名前を呼んでほしい!」と思っちゃったんです(笑)。
先ほどの話と重なりますが、イラストレーターって自分が描いたものがみなさんに届くまでにかなり時間があって、公開後の反響を見るタイミングというのも、エゴサをしたり、お手紙をいただいたり、ということがない限りはあまりないものなんです。ただ、私たちは以前に手掛けたオリジナル作品を舞台化していただいたことがあって。その時に「舞台化ってこんなにもお客様の熱を直接その場で浴びることができるものなんだ」というのを痛感したんです。舞台に立つ側の方にとってもそこで感じたお客様の熱が自分のモチベーションにもなるし、一緒に盛り上がることにがまたお客様の特別な体験にもなる。そういう提供する側と提供される側の熱量が循環する体験が自分たちにもあったら嬉しいなあ、というのは結構思っていたので、協賛できると聞いて「スクリーンに『FiFS』って出したら面白いんじゃない!?」とすぐにイメージが浮かびました。
なんか、羨ましくなっちゃったんですよね(笑)。これまでも「SideM」ではライブに招待してくださった機会があって、行かせていただくと、みなさんスポンサーさんの名前を呼ばれて「ありがとーっ!」って言うじゃないですか。「いいなあ」って(笑)。
曽我部氏:そうなんです(笑)。
――そうだったんですね。お客様の反響がモチベーションになるという意味では「スリー・ワン・ファイヴ」を開催したこともそういう機会だったのではと思うのですが、その点ではいかがでしたか?
曽我部氏:盛況だということが、まずはすごく嬉しい反響ですね。
のの氏:実は私VOL.1~4はこっそり何回も見に行ったんですけど、展示をちゃんと見てくださる姿や喜んでくださっている姿、ラフォーレ原宿前の大型ビジョン広告とウィンドウディスプレイを撮影している様子なんかを見て、嬉しくなっていました。VOL.4の頃にはみなさん朝の時点から待ってくださったらしくて、ウィンドウディスプレイの業者さんから「貼ってる時から待機されて、完成したものを撮影して帰られました」って話を伺いましたし。そうやって本当に足を運んでくださったこと、Xでポストやリポストしてくださったことなど、やっぱりモチベーションになりましたね。
曽我部氏:イベントそのもの以外でも、コスプレの早さも嬉しかったですね!
のの氏:今回のイベントに限らずですけど「発表した3日後にもう衣装作ってくれてる!?」と驚くこともありますね(笑)。ファンアートを描いてくださるのも嬉しいですし。
曽我部氏:グッズに関しても販売させていただき、僕ら自身もちょうど「自分たちの絵にはこういう魅力的な使い方がある」と自分たちからPRしていくことを、もっと仕事としてやったほうがいいんじゃないかと思っていたところだったんです。今回は「スリー・ワン・ファイヴ」で販売したものをスライドした形ですが、他のグッズと需要が重なるようなものではなく、10thプロミ幕張公演全体が盛り上がるような、やり方を模索する機会にできたと思っています。
ずっとずっと「SideM」と――ここでしか見せられない「スリー・ワン・ファイヴ」のフィナーレに込めた想い

――それでは改めてVOL.5の話をお伺いします。「スリー・ワン・ファイヴ」の中でもVOL.5は特殊な立ち位置だと思うのですが、どういう形で企画が生まれたのでしょうか。
曽我部氏:実は「VOL.5をやるためにはVOL.1から4が必要だった」というのが本当のところなんです。まず大前提として「全員を描きおろす」ことが目的だったんですけど、僕らの経験則で、49人分の描きおろしを一斉に制作してお披露目するのはスケジュールの面でもかなりリスクが高いだろうと。それでVOL.1~4という形で少しずつお見せしながら準備していくことにしました。
のの氏:つまり5番目の展示ではあるんですけど、どちらかと言えばこのVOL.5こそが本来「スリー・ワン・ファイヴ」を最初に考えた時にやろうとしていたものなんです。もっと具体的に言ってしまうと「49人を描きおろしたうえで、全員分の等身大パネルを揃える」ことですね。
曽我部氏:そうですね。そんな全員が揃うVOL. 5での展示構成を考えるにあたっては、イラストを等身大パネルにする際に「影の入れ方はこうしたほうがリアリティが出そうだな」「このアイドルは身長が低いから、みなさんが見る時の目線の高さに特に気を付けて描こう」とか、いろんな展示会を観て回る事で気づかせていただきましたね。
――プロミ幕張公演で発表されましたが、VOL.5ではこれまでとは違い白い衣装を身に纏った、笑顔のアイドルたちに会えるんですよね。
のの氏:そうです。そのアイドルたちが、そして等身大パネルがみなさんをお待ちしています。衣装の色を黒から白に、表情はクールから笑顔に、というのは最初の企画ラフ段階から決めていました。
曽我部氏:これまで黒い衣装でクールな表情だったアイドルたちが、VOL.5で白い衣装で笑顔になる、としたのは、いくつか表現したいテーマがあったからなんです。
ひとつは、「プロデューサーのみなさんが光るアイドルたちを見つけた」瞬間と、「みなさんの想いという光に照らされてアイドルたちがさらに光り輝いている」今――そういうストーリーが感じられる空間を作ることです。
実はVOL.5の会場であるラフォーレミュージアム原宿には、実際にアイドルの方がライブをされているステージがあるんですよ。そのステージの上に白い衣装のアイドルたち49人に並んでもらい、本当のライブのようなカラフルなステージ照明で照らしたいと考えました。
――等身大パネルにライブさながらの照明を当てる。あまり見ない試みのように思います。
曽我部氏:僕は結構「僕らが描いたイラストってどれだけ主体になれるのか」ということを考えているんですけど、そう考えた時に、イラスト自体にお金をかけて演出することってあまりないなと思ったんです。だから自分たちでやってみようというのがきっかけではあったんです。
のの氏:白い衣装なので照明の色が変わると印象も変わるのですが、そのこと自体もすごくアイドルらしいのではないかと思います。それで、なるべく真っ白に近い衣装にしました。ただ、単純に白にするだけだと物足りなくなってしまうので、一部金色を入れたり、影やグラデーションも足して。髪の毛もステージでライトアップされることを考えてハイライトを増やしています。
ちなみに笑顔にしたのは、やっぱり49人のアイドルの「普段の姿」でもあると思っているので、今までの黒い衣装のイラストですごく好きだなと思ってくださった方にも、笑ってる49人に会ってほしいと思ったからです。それに合わせて目も、開き方やハイライトの入れ方が変わっています。人間って笑顔になる時に目も自然と動くので。なので、じっくり見ていただけたらなと思います。
パネルもかなりこだわって作っていて、髪の毛や衣装の本当に細かいところもギリギリまでカットしていただいているんです。そこに照明が当たると、フチが白く見えるのが逆にリアルに見えたりして、作ってくださった印刷所の方も「良い感じにできました!」と喜んでいて(笑)。もうすぐみなさんに見ていただけるのは嬉しいですね。
――49人がステージに勢ぞろいした光景は圧巻でしょうね。
曽我部氏:ステージでは音楽と映像も流しています。音楽は引き続き蓮尾さんにお願いして、生ドラム、生ストリングスで作っています。映像は、基本的には今までの描きおろしイラストを使いながら僕が作りました。
ステージ設備がある会場でないとできないので、本当に今回じゃないとできない展示なんです。だから、何回でも見て欲しいなと思っています。
もうひとつのテーマが「僕らにとってのアートは何か」というもので。「僕らが思う価値あるアートって何なのかな?」と考えた時、それはどちらかと言うとレアリティではなく、何回も何回も複製されることにあると思ったんです。それが僕らの絵の存在意義だと思っています。なので、オリジナルのキャラクターじゃなくていいし、希少価値がなくてもいい。複製されて複製されて、いっぱい愛されてもらえるのが僕らには一番良いことなんだと。だから、記念のイラストを描いている時なんかも、「これはいろいろな場面で、何度も使う絵だから、だからこそ一生懸命描こう」というモチベーションで臨みますし。
のの氏:私たちも絵描きなのでやっぱりアート、芸術性についても考えるんですけど、そういった世界には、素晴らしい絵があった時に一点物だったり点数が限られていたりしたほうが価値が高いという考え方もありますよね。でも私たちにとってのアートはそうではないというのを今回はっきり示したかったんです。
そういう考えがベースにありつつストーリーも感じていただける展示にする、というのが目標だったので、黒い衣装から白い衣装にして表情も笑顔に、とイラストの一部のみを変更する形にしました。
あとステージの他にも、このインタビューでお話したような今までのFiFSの絵柄やイラストへの向き合い方の変遷を感じていただける過去のイラストを展示したエリアや、16ユニット分の10周年記念イラストのパネル、「スリー・ワン・ファイヴ」の描きおろしイラストの設定画、「FACE」シリーズなど、10年を経てこのVOL.5に至る今までの歴史も感じていただけるエリアを設けています。
曽我部氏:VOL.5の購入特典も今回は「イラストができたあとカード」を配布するんです。これは「イラストは1回できたけど終わらない」という意味で、僕がネーミングしました。VOL.5内のステージでお見せする白い衣装の笑顔のアイドルのイラストが入っているんですが、要は「1回黒い衣装としては完成したけど、その後イラスト自体はまだ成長するんだよ」ということを伝えたいなと思ったんです。
のの氏:「イラストはできてもまだ終わらないよ」という想いのカードです。
――「スリー・ワン・ファイヴ」に向けた描きおろしも含めて今までFiFSさんが描いてきた渾身の良い絵たちを加工・複製しながら創意工夫を込め展示し体験してもらうことで、FiFSさんの価値観を証明しようとしているのがこのVOL.5なんですね。VOL.4まではイラスト展という趣が強かったように思いますが、VOL.5はアイドルを体験できる空間そのもの、という印象を感じました。
曽我部氏:そうですね。「SideM」に向けてFiFSなりの愛を見せるというところから始まった展示ですが、一生懸命イラストを描いたうえでそのイラストを効果的に使うことで空間を作るというのが、僕らが挑戦したかった最大限だと思っています。
――VOL.4までとはまた違った体験ですね。最後に、今回FiFSさんにとって初めての試みが多かったこの展示をともに駆け抜けた「SideM」という作品への思いをお聞きしてもいいでしょうか。
曽我部氏:最初にお声がけいただいた時、「なんて守備範囲の広い作品だろう」と思ったんです。もっと言うと、いろいろなものが揃っているよりも一点突破できる尖った魅力がひとつでもあるほうが生き残れるという考え方が一般的だった中で「男性アイドルものとしては(いい意味で)大分欲張りだな」というのが最初の印象だったんですよ。
でもある時ふと「今『SideM』が好きな人たちにとって、『SideM』の代わりはあるんだろうか」と考えたことがあって。その時に、あまりにも代わりが利かなさすぎると思ったんです。もちろんこの世にあるすべての作品それ以外に代わりが利かないものではあるんですけど、この守備範囲の広さは絶対に代わりが利かない。
ならば我々もまだやれること、やりたいことを全部やりきれてはいないんじゃないか――そう思ったので今開催されているこの「スリー・ワン・ファイヴ」を提案したんですね。だから僕にとっては、ずっと続いていってほしい作品、ですね。



「スリー・ワン・ファイヴ」でVOL.1~4までずっと掲げていた“OUR PASSION IS HERE.”というスローガンにはそんな想いを込めていたんですけど、今回VOL.5では、さらなる願いを乗せて“FUTURE BEYOND, FOREVER AND EVER.”という言葉を追加しているんです。「SideM」のキーワードにもなっている「ずっとずっとその先へ」を意訳したものですが、本当に、もっとずっと一緒に先の未来を考えたいという気持ちがあります。
のの氏:やっぱり10年続いてきたというのがすごく素晴らしいことだと思っていて、今回FiFSから提案するとなった時にも、その歴史を全部受け止めたうえで先に進むというイメージを大事にしたかったんです。今までアイドルたちが積み上げてきたものを肯定して、服に関しても今のアイドルたちに一番似合うものをゼロから考えて、今の私たちが思うアイドルたちの絵を描きたかった。……一緒に並走してきた感じがすごくするんですよね。アイドルたちもそうですけど、スタッフさんやプロデューサーさんたちもそうです。私はその、ずっと一緒に走ってきたすべてを一度ここで、私たちなりに捉え直して、さらに先に進んでいきたいなって想いがあります。だからやっぱり本当にずっと続いてほしい。自分の隣にもあってほしいし、みなさんの隣にも常にあってほしいなって思う作品ですね。
曽我部氏:そうですね。実際に、今の男性アイドルって、昔よりも年齢にとらわれない仕事になってきていると思っていて、「ずっと一緒にいてほしい」と思うことも自然になってきているじゃないですか。そういう意味でもずっといてほしいし、と思うんです。今の「SideM」って、たくさんの新しいことに挑戦していて、その姿勢が、僕はすごい好きで。だから「もっともっと一緒にやろうよ」って思っています。

「アイドルマスター SideM × FiFS イラスト展『スリー・ワン・ファイヴ』VOL.5」
公式サイト
https://perspect.co.jp/event/315/vol5/
<日程>
2025年3月14日(金)~3月30日(日)
※《前半日程:3月14日(金)〜22日(土)》《後半日程:3月23日(日)〜30日(日)》で、一部展示の配置換えを予定しています。
前半日程で一部優先展示されるユニット
Jupiter、DRAMATIC STARS、Altessimo、彩、Café Parade、もふもふえん、THE 虎牙道、C.FIRST
後半日程で一部優先展示されるユニット
Beit、W、FRAME、High×Joker、神速一魂、S.E.M、F-LAGS、Legenders
※一部展示での配置替えのみとなり、展示作品の種類・点数は変わりません。
<開催時間>
11:00〜20:00(※19:15最終入場)
<会場>
ラフォーレミュージアム原宿
東京都渋谷区神宮前1-11-6
THE IDOLM@STER(TM)& (C)Bandai Namco Entertainment Inc.
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