【「ブルーアーカイブ」ストーリーのススメ】Vol.6 百花繚乱編――御稜ナグサが「物語る」ことは、いけないことなのか?

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スマホゲームアプリ「ブルーアーカイブ -Blue Archive-(ブルアカ)」のメインストーリーの魅力を紹介する連載。第6弾は「百花繚乱編」。

スマホゲームのシナリオを読むのが後回しになりがちになってしまう方や、そもそも読まないという方にも「ブルーアーカイブ」のメインストーリーに興味を持っていただくために、各編の魅力を筆者なりに伝えていくのが本企画。6本目は「百花繚乱編」です。

とはいえ「百花繚乱編」も実装から1年以上経っていますので、一部ネタバレありで書いています。今回はあるキャラクターにフォーカスしていますので、既にストーリーを楽しんだ方にとっても、彼女の解像度が上がることになったら嬉しいです。

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百花繚乱にスポットを当てたエピソード

まずはあらすじを振り返っていきましょう。時は「虚妄のサンクトゥム」のあと。先生は、百鬼夜行連合学院の陰陽部から、20年ぶりに復活する百鬼夜行灯籠祭への誘いを受けます。陰陽部は、天地ニヤを委員長とした、実質的に百鬼夜行のトップと言える組織ですね。

陰陽部への元に向かう道中、先生が出会うのが勘解由小路(かでのこうじ)ユカリ。百鬼夜行の委員会の一つである、百花繚乱紛争調停委員会に属する少女です。百花繚乱は紛争を調停する役割を担い、百鬼夜行の中でも選りすぐりの者だけが入れる由緒正しい委員会。いわゆる治安維持組織ですね。

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厳しい鍛錬を積んだエリートが属しているはずの百花繚乱ですが、今は解散令まで出されている状況。というのも、トップ2である委員長、副委員長が行方不明なのです。その解散令に納得できないのが、先に登場したユカリ。副委員長である御稜(ごりょう)ナグサに憧れて百花繚乱に入った彼女は、この委員会を立て直そうと一念発起します。

そんな最中、副委員長であるナグサが帰還。そして、陰陽部の元には、花鳥風月部なるところから脅迫状が届くのでした……。

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御稜ナグサの孤独

ストーリーの中心的な人物はユカリなのですが、「百花繚乱編」はナグサにフォーカスすると面白いのではないでしょうか。というのも、ナグサはユカリと境遇が近い反面、ユカリほど強かではないので、人としての弱さが引き立つのです。それは別に悪いことではありません。自身の弱さをいかに受け入れ、乗り越えていくか。そこに百花繚乱編のドラマがあります。

ユカリがナグサに憧れて百花繚乱に入ったのと同様に、ナグサも百花繚乱の委員長である七稜(ななかど)アヤメに惹かれていました。「アヤメの隣に立つ」に相応しい人を目指したナグサは鍛錬を重ね、副委員長の座に就きます。

無限焼き鳥の幸せスパイラルっ子
無限焼き鳥の幸せスパイラルっ子

周囲の面々からも一目置かれた二人でしたが、遠征した先の大雪原で悲劇が起こります。対峙した花鳥風月部のコクリコによって、アヤメは「百物語」とされ、黄昏の向こうに連れ去られてしまったのです。

優れた能力の持ち主であり、憧れの対象でもあったアヤメが敗北し、目の前で消えてしまった。ナグサの喪失感、無力感は、想像するに余りあるものです。そして最後に残ったのは、「アヤメを助けられなかった自分」でした。

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ここで、御稜ナグサという人物に対する、他者からの評価と自己の評価に大きなギャップが生まれます。周囲は、アヤメがいなくなった以上、委員長あるいはその代理として役割を果たせるのはナグサしかいないと見る。一方で、ナグサはただただ「アヤメの隣に立つ人」を演じ続けるだけだったので、周囲の評価からは程遠いと思っている。むしろ、そんな自分に落胆するのではないかと邪推してしまいました。

だから逃げた。彼女の目は自分自身のことを「何の取り柄もない私」「つまらなくて、醜い私」とすら認識しています。

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こういうところ、ナグサとユカリは似ているんですよね。ナグサはただただアヤメの隣にいられる存在を演じた。ユカリはユカリで、勘解由小路家の責務から文字通り逃げ出し、百花繚乱の一員としての自分を演じ続けました。

しかし、ナグサやユカリのように演じる、つまり「物語る」ことは、果たしていけないことなのでしょうか?

人はみな百物語

花鳥風月部がもたらす災厄のモチーフは、百物語です。怪談を100話語ると本物の「物の怪」が出ると言われ、日本で長く親しまれています。と同時に、この百物語という言葉自体は、「多数のエピソードを集めた」という意味でも使われています。

人もまた、100では到底足りないエピソードと、さまざまな側面を持ち合わせています。例えば、不破レンゲから見たナグサと、桐生キキョウから見たナグサは異なるはず。けれど、どちらが正しいか、なんてものはありません。レンゲから見たナグサも、キキョウから見たナグサも、どちらもナグサです。たとえそれが、本人からすれば演技であろうとも、そこにいるのは間違いなく本物のナグサなのですよね。人の中に数多ある物語。その内容は否定できても、物語そのものを否定することはできないのです。

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自己評価より高い自分を受け入れるって、人によってはとても難しいこと。勇気が必要です。なぜならそれは、評価に伴う責務も受け入れることだから。無責任に「君ならできる」なんつって渡されるのは、高い評価ではなく重い仕事だったりする。だから大変。ましてや、自己否定し続けてきたナグサであればなおさらです。

けれども、あんな美しい出で立ちの子が泣きじゃくって、鼻水垂らしてまで委員長代理としての責務を果たそうと箭吹(やぶき)シュロに立ち向かう姿は、めちゃくちゃカッコよかった。たとえ偽りとして物語った自分も、そこに意志があれば本物になります。けれど本物にするには、強い意志が必要です。窮地で顔を涙やら何やらでぐしゃぐしゃにしながらも、必死に自らを奮い立たせたナグサ。弱さと、弱さから生み出した強さを併せ持つ、立派な委員長代理ぶりだったのではないでしょうか。

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大切なのは向き合うこと

さて、最後に少しだけユカリに触れておきましょう。ナグサはああしたけれど、似た者同士であるユカリは? となりますよね。一連の騒動を経たユカリは、使用人たちとも話し、きちんと巫女をやめると伝えました。

これもまた、責務の果たし方の一つです。ただ逃げるのではなく、向き合った上で選択する。巫女も百花繚乱も、と両立することはできないけれど、ちゃんと選んだ。ユカリもまた、自分の責務と向き合った一人です。

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かくして、百花繚乱編1章はシュロの企みを百花繚乱の面々が打ち破った結果となりました。ただ、最後に姿を見せたコクリコ然り、とうとう姿を見せなかったアヤメ然り、まだまだ語られるべきところは多い様子。首を長くして2章を待つこととしましょう!

とあるIT企業でWebコンテンツ系のお仕事をしながら、個人で時おりGamerの記事や「ラブライブ!」関連の書籍等で取材・執筆しています。ゲームジャンルではアクションRPGと育成シミュレーションLove。リアルではコーヒーの香りがする本屋さんが好き。 HP:https://bakainu.net/

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