ADVが好きなゲームライターが真のADVマニアを目指す連載企画。第8回は「新宿葬命」を紹介します。

目次
  1. 人気クリエイターの片岡ともさんとすめらぎ琥珀さんが参加するアドベンチャーゲーム
  2. レビュー:生命のつながりを描く優しい作品
  3. インタビュー
  4. 登場させるかどうかで揉めたキャラクターは?
  5. 本当にアドベンチャーゲームに未来は無いのか
  6. 後記

連載「ADVマニアへの道」はADV好きのライター・カワチが、新旧問わずにさまざまなADV作品を研究していき、そのマニアへの道を目指していく内容。今回はジー・モードより発売中のPCゲーム「新宿葬命」を取り上げます。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

なお、本作については、Nintendo Switch版の発売が発表。インディーゲームイベントのBitSummit Driftにて出展されるそうなので、そちらもぜひご注目ください。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

人気クリエイターの片岡ともさんとすめらぎ琥珀さんが参加するアドベンチャーゲーム

「新宿葬命」はゲームコンテンツの配信をおこなうジー・モードと、企画原案と制作を手がけるプラス81が共同事業として制作するアドベンチャーゲーム。シナリオは「ナルキッソス」や「120円の春」を手がけた片岡ともさんで、原画は「なないろリンカネーション」や「同級生リメイク」などで知られるすめらぎ琥珀さん。おふたりとも黎明期から現在まで第一線で活躍されているので、美少女ゲームが好きな人であればピンと来るはず。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

そんな「新宿葬命」のストーリーは、歌舞伎町の傍らにある荒廃したスラム・新宿九龍を舞台にしたもの。多国籍な犯罪者や不法滞在者が集まる新宿九龍は悪質な保険金詐欺が横行していますが、主人公の緋衣良虎生はそんな街で葬儀人を営んでいる男です。彼は“不死”と“死者の最期の声が聞こえる”という能力と、新宿の街から出ることができない呪いを持っています。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

また、虎生には六堂凛音という美少女の幽霊が取り憑いており、賑やかなパートナーとして彼をサポートしてくれます。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

ほかにも公安部で働く一ヶ瀬天依やマフィアの胡憂炎、聖職者の新座真白など異なる立場のキャラクターたちが登場。プレイヤーは視点となるキャラクターを切り替えながら事件の真相に多角的に迫っていくことになります。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

レビュー:生命のつながりを描く優しい作品

本作はチャプターごとに分かれたストーリーを読み進めていく作品で、すべてを読み終えるには6時間ぐらいのボリュームです。プレイヤーは複数のキャラクターから読みたい順番を選ぶことになりますが、バッドエンドなどは存在しないので基本的には文章を追う形の作品。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

攻略を意識する必要は無いので、物語に集中できる仕組みです。シナリオ自体は少しずつキャラクターたちの素性が明らかになっていく仕組みで、どのキャラクターのことも好きになれます。また、虎生が不死になっている理由や凛音が幽霊として現世に留まっている理由など分からなかった謎の伏線もしっかり回収されるので、読後感もいいです。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

片岡ともさんらしい人間という生き物を肯定するような優しい作品になっていますが、一方で物語のなかで犠牲になってしまうようなキャラクターもいるので、単なるハッピーなだけの作品にはなっていません。人々の他人を思う大切な気持ちが次の世代の命へと繋がっていく……大事なことを教えてくれます。

物語の舞台は新宿を舞台にした裏社会モノでリアルな設定に感情移入できる一方で、幽霊などのファンタジー要素もあり、本作ならではの世界観を作り出しています。物語は基本的にはシリアスであるものの、コミカルなシーンも挟まるのでテンポよく読み進めることができるようになっています。

虎生、天依、憂炎の3人はそれぞれ社会的立場が異なりますが、それ以前に絆の深い幼なじみであるため、頼れる仲間といったイメージです。天依は真面目な女性ですが、虎生や憂炎の前ではだらしない姿をさらけ出したりするので、意外なギャップも楽しめました。天依と憂炎はお互いに惹かれ合っていますが、自分の立場のこともあって、仲が進展することがないのも大人の関係を描いていてよかったです。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

これからゲームをプレイする人の楽しさを奪ってしまうことになるので詳しいことは書けませんが、教会のシスターである新座真白も物語のいいアクセントになっているキャラクター。前半と後半で大きく印象が異なり、プレイを進めることで好きになります。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

ゲームのプレイ時間は5~6時間ぐらいで終わるコンパクトなものになっていますが、しっかり散りばめられた伏線を最後に回収する作りになっており、満足できる内容になっています。休日を使えば1日でクリアできるボリュームになっているので、ぜひ多くの人に遊んでみて欲しいですね。

インタビュー

ここからは、本作のシナリオを手がけた片岡とも氏と、制作を担当したプラス81の相馬六郎氏と結城哲夫氏、ジー・モードの黒田達夫氏のインタビューをお届け。本作にかける熱い思いをお聞きしたのでぜひチェックしてみてください。なお、インタビューはネタバレを含みますので未プレイの方は気を付けてください。

写真は片岡とも氏と相馬六郎氏
写真は片岡とも氏と相馬六郎氏

つながりのあるメンバーが集結して生まれた「新宿葬命」

――みなさんの本作における担当パートをお聞かせください

相馬:本作の原案を手がけたプラス81の相馬です。どのようなクリエイターさんにお願いをするのか、座組みも組ませていただきました

結城:プラス81の結城です。私の方はディレクションという形で、相馬が座組みを作ったあとの進行調整役を担当させていただきました。

黒田:ジー・モードのプロデューサーの黒田です。ジー・モードは主にパブリッシング部分を担当させていただいています。

――どのような経緯でプラス81さんとジー・モードさんが組むことになったのでしょうか?

黒田:私自身がプラス81の社長である玉野さんとは20年来の知り合いなんです。ジー・モードに入社する前の会社で新規事業として新しいIPで事業展開をする予定で、玉野さんに相談したところ「こういう案件があるのだけど……」と見せていただいたラインアップに「新宿葬命」がありました。そのときにはともさんやすめらぎさんが担当することは決まっていましたね。

片岡:でも、じつは自分と黒田さんも古い付き合いなんですよ。

黒田:そうなんです。私はかつてNECインターチャネルで、プロモーション周りの仕事をしていたのですが、その時期に、ねこねこソフトさんの「ラムネ」や「120円の春」を移植させていただいていました。当時のプロデューサーにくっ付いてねこねこソフトさんにお邪魔させていただいて、ともさんにもご挨拶させていただいていたので、「新宿葬命」はぜひやりたいと思ったんです。ただ、前にいた会社が新規事業に手を出すのが難しくなり、スポンサーになってもらえるところを探すことになりました。そのときにマーベラスグループのジー・モードがすごく興味を持ってくれて、自分自身もジー・モードに入って、この案件を担当させてもらえることになったという経緯です。

――黒田さん自身、「新宿葬命」のためにジー・モード入社したと言ってもおかしくないんですね。

黒田:そうです。当時の会社が新規事業を止めたことは企業的な判断としては正しかったと思いますし、ケンカ別れをすることもなく、ジー・モードに移りました。

片岡:それでいうとこちら側にもドラマはありましたよ。本当は自分がゲームを作ることがしんどくなってきていたので、「新宿葬命」はコミック展開にしたいと相談していたんです。そんなときに相馬さんが過去に義理のある黒田さんを連れてきたので、ゲームで作ることを決意したんです。

――そんなドラマが。

片岡:「120円の春」については、今でも売り上げが芳しくなかったことをインターチャネルさんに謝りたいんですよね。内容は自分も好きだし、いい作品だと思うのですが、イラストは10年か20年は早かったなと。ヒロインも人気声優の能登麻美子さんが演じてくれましたが、絵柄がロリロリしすぎていてユーザーがレジに持っていくのが恥ずかしかったのではないかと思っています。

――今はダウンロード版で購入できますが、昔は店頭で買うのが普通でしたからね……。では話は戻って片岡さんの担当パートについてお聞かせください。片岡さんは相馬さんの原案をシナリオに起こしていったのでしょうか?

片岡:いや、最初に相馬さんが「こういうストーリーはどうですか?」と見せてくれたテキストが何を言いたいのかわからなかったので、まずはどんなものを作りたいか、伝えたいことの優先順位を決めてもらいました。その後に自分が「こういうストーリーで、こういう設定はどうだろうか」とお互いにキャッチボールしながら作っていった形ですね。当時の自分はボーッとしていて毎日スロットしかやっていなかった時期なので、2年ぐらいずっと本作のやり取りしていました。

相馬:長かったですよね。最初の設定は新宿が舞台でもないし、現代でもなかったです。1920年ぐらいの海外を舞台にしたストーリーを考えていました。科学技術が発展しておらず、通信手段もあまりないなかで、死生観をひとつのテーマでやりたいなと。そのなかで、主人公が葬儀屋であることなどは最初から決まっていました。

片岡:ラストを命の選択にすること、主人公が葬儀人で、霊の声が聞こえるようにすること、ファヴェーラ(※ブラジルのスラムや貧民街)のような舞台にすることは相馬さんが決めた部分ですね。

相馬:最終的に新宿が舞台になったのは、ともさんが昔住んでいたからでしたっけ。

片岡:うん。あと、やっぱりわかりやすいじゃない。日本でいちばんやばそうなところというイメージがしやすいかなと。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

相馬:世界観の説明が不要になりますよね。あとは、ともさんが作った「クリスマスティナ」が原宿が舞台だったから、今度は新宿にしたいという気持ちもありました。日本が舞台だと候補として京都などもありますが、現代劇でシンボリックな場所になると、やはり歌舞伎町かなと。舞台としてスラム街を併設させたかったのもあり、歌舞伎町がしっくり来るかなと思いました。そんな本作のテーマ決めを2020年か、下手をしたら2019年ぐらいからずっとやっていましたね。

片岡:よく椿屋珈琲に集まってやっていましたね。あそこはタバコが吸えるからいいんですよ。やっぱりプロデューサーがどういうものを作りたいのかが分からないと自分としても意見を提案しづらいので、まずはテーマとなる要素をじっくりふたりで決めていきました。

相馬:自分は片岡さんの作った「ナルキッソス」が好きで、ハッピーエンドか分からない無情的な終わり方にも惹かれていました。淡々と生きることと死ぬことを描く作品が作りたいなと。ただ、商業作品にする以上はエンタメにしないといけないので、どのように山を作るか、ともさんと相談していました。

黒田:そういったところは自分もぜんぜん知らなかった部分ですね。

片岡:企画の最初の最初ですね。

黒田:自分がこの企画を知ったのが2022年の秋ぐらいなので、その2年前ぐらいにはそういう打ち合わせがあったんですね。

相馬:いちど自分のほうで全編プロットを作っていましたね。

片岡:僕も言葉が悪いので、そのときは「これ、子供向けだね」と伝えました。三角関係がストーリーのメインテーマになっていて、少年誌のコミックならいいんだけど……という内容でした。

――なるほど。そこから新宿が舞台となり、死なない男と幽霊の少女のコンビを軸にしたものになっていったと思うのですが、黒田さんと結城さんはその設定を聞いたときはどう思われましたか?

黒田:単純にすごく面白そうだなと思いました。これまで、ともさんが書かれてきたシナリオとはまた違うなと思いましたし、どんなものに仕上がるのかとてもワクワクしました。

片岡:ただ、この死なない男と幽霊のヒロインという部分は最後まで決めかねていた部分で、だいぶ揉めましたね。

相馬:ヒロインを幽霊にするかどうかなかなか僕のなかで腑に落ちなかったんですよ。

片岡:フィクション要素をどこまで入れていいのかという部分で話し合いましたね。

相馬:凛音を幽体にするかどうかの会議だけで半年ぐらいかかってますね。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

――その設定が作品のキモとなる部分だと思ったのですが、その部分に時間がかかっていたんですね。

片岡:自分がゴールがあったうえで、ぜんぶ逆算で物語を作る人間なんです。登場人物の数から性別や性格まで逆算で考えるので、最初の部分が固まるまでは時間がかかりましたね。

相馬:主人公の設定は最初から変わっていないのですが、凛音ちゃんが幽体である理由はだいぶ話し合いましたね。

結城:僕がこの作品に参加したのはある程度形になったタイミングでキャラデザもできた状態でした。ストーリーはプロット段階だったので、うまく掴めないところもありましたが、全体的にもおもしろそうだなと思っていました。明確に死なない男と幽霊の少女がバディを組んでいるストーリーだったので、そういう過去があったことは、今、初めて知りました

相馬:当時はともさんと池袋の椿屋珈琲に集まって、2時間も話し合った結果、なにも決まらずにお店を去るということも多かったですね。

片岡:自分としては、そのときはまったく家を出ない生活をしていたので、田舎から池袋まで出て、相馬さんと打ち合わせをして帰りにスロットを打つのがいい気分転換になりましたね。自分が住んでいるところは近くにスロットもないので。

相馬:コロナ禍とも重なっていて、みんなあまり外に出れない時期でしたね、

――本作を発表したときのユーザーの反応はいかがでしたか?

黒田:それまでのジー・モードは「空気読み」などのカジュアルなゲームがメインの会社で、今後アドベンチャーを増やそうとしている時期でした。そのため、驚くユーザーさんも多かったですね。

――発売から1カ月が経過しましたが、国内と海外で反応はいかがですか?

相馬:国内の方が反応が大きかったような気がしますね。

結城:片岡さんやすめらぎさんの昔からのファンも多いので、そういった方々からの反応はたくさんいただいていますね。

相馬:海外のほうも新宿という舞台が受け入れられるか不安だったものの、すんなりと受け入れてもらえたようですね。

黒田:エピローグの部分で合う合わないはあると思いますが、否定的な意見は国内も海外もあまり聞かなかったですね。どちらかというと、ともさんの書く日常シーンのテンポのいいやり取りについて、「やっぱり、こういうのがいいよね」と言ってもらえることのほうが多かったです。

――文章が読みやすいのは重要ですよね。本作はサクサクと読めてよかったです。

片岡:正直、自分ぐらいゲームにおける文章の読みやすさについて考えている人間はいないと思っています。3行使えるメッセージウインドウでも空間のことを考えて2行しか使わなかったり、1行目と2行目で同じ長さの文章にならないように調整したり。また、語尾で「~である」「~でない」という書き方ではなく、まずイエスかノーか結論を書き、後にその理由を書くということなどを30年徹底しています。文字を文字として読むのではなく、目に入った情報として意味が伝わるようにしています。自分は読みやすさではなくて、目に入る情報という部分を重要と考えて文章を作っています。すいません、ちょっと自慢になってしまいました(笑)。

相馬:でも、そういうスキルを使っていることは、きちんと言わないとなかなかユーザーまで伝わらないですよね。

片岡:スキルというか自分のなかのルールになっているんですよね。たとえばひとつの主語について話をしているときに、2回クリックしたら何のことかわからなくなると思うんです。自分は2クリックぐらい空いてその話題が出たときは、「これ」とは言わずに、「これ」が何を指すか単語で書くようにしています。

黒田:だから、ともさんのシナリオはこんなに読みやすかったんですね。

――キャラクターの視点が変わるシステムも本作の特徴ですが、これも結城さんのアイデアで入れたのでしょうか?

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

片岡:これは結城さんですね。テキストでもキャラクターの視点を変えて書いていますが、実際にシステムとして落とし込んでいるのは結城さんなので。

結城:確かに最終的に今回の形に着地させたのは自分ですね。僕が制作に入ったときにはいくつかアイデアがあり、任意のボタンを押したら、そのキャラクターが今、何をしているのか見えるようにしたらどうかとか、マップ選式択にしたらどうかとかいくつかアイデアがありました。ただ、繰り返し同じようなものを見せたり、作業ゲーになったりしないようにすることを意識して、現在のような形になりました。

途中まではAとBとCの視点のシナリオがあるときにAを選んだらそのまま先に進める仕組みでしが、そうするとあとからBとCを読み返さないといけないし、読まない人は読まないのでキャラクターの情報量が減ってしまうと思いました。全体的なテンポも含めて、ぜんぶ読ませたほうがいいだろうということで、その仕様は止めました。

片岡:贅肉を付けようと思えばいくらでも付けることはできたんです。ゲームのボリュームも倍ぐらいにできたと思うけど、密度を考えて現在の形に落とし込んだことは、結城さんのディレクター判断が素晴らしいなと思いますよ。

結城:あまり褒められることがないので驚いています(笑)。

相馬:ディレクターは基本的に怒られるからね(笑)。

片岡:いや、ビジネスとして考えたときに、どうでもいいテキストを増やしてボリュームを倍以上にして、定価も5,800円ぐらいにしたほうが正解だと思うんですよ。自分は嫌いだけど。

相馬:自分も意味のないお話はいらないかなと思っています。日常パートのなかで何か重要なワードを言ったり、キャラクターの掘り下げがあったりするならいいのですが、ただ買い物に出かけて終わるだけのようなシーンは読んでいるほうも楽しいのかなと思ってしまいます。

片岡:その気持ちは分かるけど、ジャンルによっては必要かなと。

相馬:確かに萌え系の作品であれば無駄なシーンにこそキャラクター性が出たりもしますね。

片岡:それにユーザーはストーリーを求める層だけではないですからね。

――「新宿葬命」はキャラクターも魅力ですが、なによりストーリーがメインですよね。第1章で浩然が殺されてしまうのが衝撃でした。全体的に優しいストーリーが展開する本作なので、余計に人間の無慈悲な死を意識させるものになっていました。

片岡:やっぱり大人向けですからね。子供向けだったら必要ないかもしれませんが、大人がプレイして判断する説得力ということを考えると必要だなと思いました。

登場させるかどうかで揉めたキャラクターは?

――ここからはキャラクターについてもお聞きしていきたいのですが、まずキャラクターデザインにすめらぎ琥珀さんを起用した理由からお聞かせください。

相馬:もともと自分がPCゲームソフトの販売会社にいたので、すめらぎさんとも近い距離感ではありました。今回IPを立ち上げるにあたって、改めてきちんとすめらぎさんと仕事をしてみたいと思い、相談させていただきました。すめらぎさんは女性のキャラクターも魅力的に描きますが、男性も格好良く描ける方なので、そこもお願いしたポイントですね。

ただ、最初はゲームではなくコミックのキャラクターデザインでお願いしていました。結果的にはゲームという形になりましたが、ともさんとすめらぎ先生もアドベンチャーゲームの業界でずっと活躍されている方なので、ゲームでよかったなと思っています。

――初期案から増えたキャラクターや出番を削ったキャラクターはいますか?

片岡:デザインでいうと、すみれの母ですね、どうしてもイラストが欲しかったので、こちら(ねこねこソフト)で用意してもいいか相談していたのですが、結果的にはすめらぎさんが描いてくれました。

結城:ひとり分追加しようというなかで、課長を用意するか、すみれの母を用意するのか迷いましたね。最終的にはどちらも用意してもらえることになりました。

片岡:イベントCGも増えましたね。最初にイベントCGの枚数を相談していたときに相馬さんからは20枚ぐらいと言われて、「ぜんぜん足りない。この作品を表現しようと思ったら、あと10枚は必要」と訴えたんですよ。ギャラもいらないから自分たちで作ると言ったのですが、追加枚数が15枚以上に膨れ上がってしまって、結局は相馬さんに泣きつく形に……(笑)。

相馬:(笑)。背景の小物などはすめらぎ先生が担当しなくてもいいので、すめらぎ先生の担当部分とねこねこソフトさんの担当部分を振り分けながらグラフィックを追加していきました。

結城:クライマックスでキャラクターが走っている演出がありますが、あの演出もねこねこソフトさんが用意してくれたものですね。完成されたものを見たときはビックリしました。

片岡:さすがにすめらぎさんにアニメを描いて欲しいとは言えないので、うちのスタッフに作ってもらいました(笑)。

――ストーリーでは主人公の虎生と公安部の天依、マフィアの憂炎という立場の異なる幼なじみの関係がおもしろかったですが、この3人がストーリーの軸になることは決まっていたのでしょうか?

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

片岡:もともとは主人公の虎生とヒロインの凛音がメインになる予定だったのですが、テキストを書いているうちにほかのキャラクターたちが前に出てきちゃったんですよね。単純に自分が幼なじみのキャラクターが好きだからだと思います(笑)。

相馬:立場の違う幼なじみというのがおもしろいですよね。最初のほうに「こんなキャラクターがいるといいよね」という打ち合わせをしながら作っていきましたが、天依は最初からいましたね。

片岡:最初は警察で提案されたけど、公安がいいんじゃないかと意見しましたね。

相馬:そうそう。キャラクターの制作順でいうと、最初に虎生がいて、凛音がヒロインA、ヒロインBがすみれ、そしてヒロインCとして天依がいましたね。ただ、天依はヒロインではないよねという話になり、協力者のポジションになりました。また、そういった話のなかで、ともさんがカリスマ性のあるチャイナマフィアを登場させたいと言い、憂炎が生まれました。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像
【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

――ヒロインの凛音に関してはいかがでしょうか?

片岡:最初はもっとシリアスなキャラクターでしたね。

相馬:無感情な人物だったのですが、物語が転がらないなと思い、シニカルなキャラクターになっていきました。

片岡:あと、ギャップも欲しかったんですよね。可愛い感じにしたかった。

相馬:最初はツンツンしていて可愛くなかったんですよね。

結城:キャラクターの表情も最初はクールなものしか無くて、あとから可愛いものを追加しました。ただ、それは真白も同じですね。

――聖職者である真白は前半と後半でギャップのあるキャラクターでした。最初は黒幕に見えるようにしたのでしょうか? どのように生まれたキャラクターなのか教えてください。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

片岡:真白は相馬さんといちばん言い合いになったキャラクターです(笑)。

相馬:出すのか出さないのかいちばん揉めましたね。

片岡:超揉めた(笑)。

相馬:3時間ぐらい言い合いしましたよ(笑)。

片岡:そのときの真白はキャラクターではなく記号として作られているから止めて欲しいとお願いしたんです。ただ、登場させたらおもしろくて、途中で退場させるつもりが最後まで登場することになりました。

相馬:エピソード上に宗教絡みの話を入れたかったんですよ。スラムが舞台なので、オカルティックな新興宗教もありそうだなと思って。教えとして自殺を勧めているという設定はどうかなと考えたんです。

片岡:それはダメだろ、と。イカれているのはいいんだけど、本人自身がイカれていると自覚しているのか、自覚していないのかは重要で、完全にイカれているという使い方をしたらキャラクターが記号になってしまうと伝えました。

相馬:自分のほうは、疑問を持っているなら、もとからそんなことはやらないと思ったし、突っ走っているほうがいいのではないかと思ったんです。もともと、各章にあるひとつのエピソードの犯人ぐらいに考えていて、僕の考えていた設定だと最後は逮捕されて物語からも退場する構想でした。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

片岡:子ども向けの少年誌であればそれでもいいと思ったのですが、今回はそういうストーリーではないだろうということで揉めました。本作でいちばんの思い出ですね(笑)。

相馬:とことん話し合った結果、本作では無くてはならない重要キャラクターになりましたね。

結城:結果的には、ギャグっぽさも追加されて、おもしろいキャラクターになりましたよね。

片岡:おもしろい部分があったから出せたとも言えますね。シリアス系のキャラクターばかりだからギャグを言うキャラクターも欲しくなった。

相馬:あとは身も蓋も無いですが、黒っぽい服装が多かったので、白い服の子を出したかったという制作上の理由もありますね。

――キャラクターだと、実業家の間垣丈もいい味を出していましたね。

片岡:間垣に関しては結城さんのほうから作るのに苦労したから出番を増やして欲しいという要望が……(笑)。

結城:間垣は立ち絵があるのに本編にはほとんど出てこないんですよ(笑)。ただ、本編に追加するのは蛇足になると思って、おまけシナリオで活躍してもらうことになりました。

相馬:僕のなかでは格好いい悪役だったんですけどね。初期は真白を裏でコントロールしている人物で、彼女を教祖に祭り立てるように仕組んでいる設定でした。

――本作は声優陣もピッタリの役者が担当していますが、どのように決まったのでしょうか?

相馬:基本的には結城さんがどの役者がいいか決めましたよね。

片岡:自分は俳優ではなく、きちんと声のお芝居ができる人にして欲しいという要望だけ出しました。

結城:ほとんど第1希望の声優さんに受けてもらうことができて驚きましたね。

――とくに声がマッチしたキャラクターは誰ですか?

結城:僕は課長ですね。あとは間垣。メインどころじゃなくてすいません(笑)。

黒田:自分は凛音役の石川由依さんです。

結城:石川さんはめちゃくちゃ台本を読み込んでくれて、収録中も役についていろいろ聞いてくれましたね。凛音はいろいろな時間軸のセリフがあるキャラクターなので複雑な芝居が要求されるキャラクターですが、石川さんは見事に演じてくれました。

相馬:主人公の虎生を演じる関智一さんはボイス量も多いので何日も収録にやってきてくれました。自分が思い出深いのは真白を演じた平野有紗さんですね。真白自体も思い入れのあるキャラクターですが、平野さんは作品の宣伝動画にも出演していただき、とてもお世話になりました。

結城:「ぴこん、ぴこーん」というセリフをどのように演技してもらうか迷いました。体力ゲージをイメージして、たくさん受信しているときは元気に、少ないときは弱っている感じで演じてもらいました。なお、ゲーム内のエフェクトも最初は存在せず、ねこねこソフトさんに作ってもらいました。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

――終盤のシーンになってしまいますが、最後のキャラクターの決断が儚くも美しくてよかったですね。

片岡:最後の演出に関してもかなり無茶を言いましたよね。絶対にこうして欲しいと。

結城:エンディング曲の流れるタイミングですね。ほかの音が鳴らないタイミングで曲を鳴らなさなければいけないということで、レジスタさんが一度作ったものを直してもらいました。

片岡:開発のレジスタさんが頑張ってくれましたね。

相馬:すめらぎさんも黒田さんもみんな最後まで踏ん張って頑張ってくれましたよ。とくにジー・モードさんはいちど延期をするという決断を承認してくださいましたし。

黒田:延期を会社に相談するときはめちゃくちゃ胃が痛かったです(苦笑)。ただ、制作陣がすごい頑張ってくださっていることは分かっていましたし、演出面など完璧なものにして発売したかったんです。

本当にアドベンチャーゲームに未来は無いのか

――今回の連載がゲーム内のアドベンチャーゲームを応援する企画なので、みなさんにアドベンチャーゲームの魅力はどこにあるのか、未来はどこにあるのかお聞きしていこうかなと。

片岡:あ、事前に質問状をいただいていたので、考えていることをメモしたのですが、その部分を読んでもらってもいいですか?

――「未来なんてない」って書いてありますね(苦笑)。

【ADVマニアへの道】ノベルゲームのおもしろさ。その原点に立ち返った「新宿葬命」をクリエイターインタビューとともに掘り下げる!の画像

相馬:いやいやいや。

黒田:そんなことはないでしょう。

結城:自分もアドベンチャーゲームが好きなので終わって欲しくはないです!

――では、本当に未来がないのか検証してみましょう(笑)。まずはアドベンチャーゲームの魅力は何なのか、みなさんが考えていることを教えてください。

相馬:ゲームジャンルが多岐に渡るようになったなか、アドベンチャーゲームはストーリーとキャラクターだけにめちゃくちゃフォーカスしているゲームシステムのジャンルだと思っています。

よくアドベンチャーゲームはゲームスキルが必要ないジャンルだと言われることが多いですが、自分は物語を読む力が試されるジャンルだと思っています。アドベンチャーゲームはセリフの行間を読むことが重要なので、そういった技術や知識の部分がきちんと養われていないと今後は楽しめないのかなと。そういった意味でアドベンチャーゲームは現代では独特のジャンルになり始めていて、そこはひとつの魅力でもあるし、課題でもあるなと考えています。

結城:自分は「サラダの国のトマト姫」あたりからずっとアドベンチャーゲームの魅力に取り憑かれている人間ですが、やはり映像作品や小説漫画とは異なる総合芸術である部分に惹かれていると思います。ゲームにしかない演出や手法は魅力ですし、まだまだ可能性は無限大にあるのではないかと。今後もいろいろな作品が出てくると思うので、プレイヤーとして死ぬまで遊びたいですね。

相馬:そこは“死ぬまで作ります”じゃないんだ(笑)。

結城:作るのは体力的に大変なので……(笑)。

片岡:アドベンチャーゲームの数は減ると思うけど、無くなることはないんじゃないかと思いますね。今後は映画に近い形の疑似空間、疑似体験をメインにしたものが増える気がします。

黒田:僕はアドベンチャーゲームで育ってきた人間で、自分の人生を助けられたし、今後も楽しんでいきたいなと思っています。どういう形で進化していくかは分かりませんが、ジャンルとして確立して欲しいし生き残ってもらいたいですね。

――みなさん、アドベンチャーゲーム自体に思い入れはあるようですが、ビジネスの観点から見るといかがでしょうか?

黒田:サイクルだと思いますね。ファッションと同じように時代が巡ってアドベンチャーゲームに注目が集まるときが来るのではないかと。

相馬:生物の進化と一緒で、環境に適応したものだけ、強い個体だけ残るんじゃないですかね。

片岡:5分遅れの時計と止まったままの時計があり、5分遅れの時計はいつまでも5分遅れですが、止まったままの時計は待っていれば当たる。アドベンチャーゲームの魅力は、きちんと物語のエンディングがあることだと思っています。人気のドラマやスマートフォンゲームは終わりが見えないですが、アドベンチャーゲームはしっかり完結するのが魅力なので、そこに惹かれる人が増えれば盛り上がるのかなと思います。

結城:時間の使い方ですよね。ゲームも5~6時間で完結すると聞けば、遊んでみようと思うのかなと。

黒田:タイムパフォーマンスの問題ですよね。いろいろなエンタメがあるなかでアドベンチャーゲームを遊んでもらうという工夫が必要かも。

片岡:自分は現在ほとんど個人のクリエイターなので気が楽ですが、企業がアドベンチャーゲームを作っていくのは大変だと思います。ただ、アドベンチャーゲームの良さっていうのは絶対にあるんですよ。そこは間違いないですし、今後は作品も増えると思うんですよね。……あれ、未来はあるじゃないか(笑)。

結城:制作するツールも増えているので作りやすくなっているとは思います。

片岡:ムービーに関しても昔はムービー屋さんに発注する必要がありましたが、個人で作れる時代になりましたよね。

相馬:今はコンシューマではなくPCで発売できますし。作りやすくなっているので、今はどう人の目に止まるか、マーケティング的な課題のほうが大きそうですね。

――ひとまず、アドベンチャーゲームに未来はないという結論にはならなくてよかったです。では、最後に読者にひとことお願いします。

黒田:今回の記事を見ていただいた方々が「新宿葬命」をやってみたいなと思ってくれたのであればうれしいです。ジー・モードとしても今後もいろいろなタイトルに挑戦していきたいと考えているので、引き続き注目していただきたいです。

結城:「新宿葬命」がよかったと思った方はぜひ作品を広めてくださるとうれしいです。この時代に作品を新規の人に知ってもらうことは難しく、ファンのみなさんの力が頼りになります。ぜひよろしくお願いします。

相馬:プレイしてくださった方々、ありがとうございます。そしてこの記事を読んでまだプレイしていない人はぜひ遊んでみてその感想を届けて欲しいです。本音の感想やレビューが我々にとって励みになるのか重みになるのか分からないですが、ぜひみなさんの言葉をお聞きしたいですね。

片岡:うどんに、七味唐辛子を入れると美味しいです。なので、もっと七味を入れると、もっと美味しいです。で、気付けば七味だらけになって、うどんの味が分からなくなります。ADVは週に1本まで! 好きだからこそ、控えることも、長く付き合う方法かも知れません。

後記

今回の「新宿葬命」は対面インタビューで長年ノベルゲームに携わっているベテランクリエイター陣も藻掻きながら作品を作っていることが分かって勇気づけられました。とくにユーザーが理解しやすいように文章を工夫しているという片岡さんのこだわりは目から鱗。難しいものを好みがちな批評家たちからは評価を受けづらい部分ではありますが、ユーザーにとってはなにより大事なポイントであると思い出させてくれました。

相馬さんのこれからは物語を理解する力が試される時代になるという発言も、なるほどと納得させられるもの。ノベルゲーム以外にも多彩なエンタメが溢れるなか、良質な作品が埋もれないように筆者自身も応援していこうと思いました。今後も注目のノベルゲームを紹介していくので、引き続きよろしくお願いします!

1981年生まれ。東京都出身。2000年よりゲーム雑誌のアルバイトを経て、フリーライターとしての活動を開始する。アドベンチャーゲームやロールプレイングゲームなどのジャンルを好み、オールタイムベストは「東京魔人學園剣風帖」。ほかに思い入れのあるゲームは「かまいたちの夜」「月姫」「CROSS†CHANNEL」「ひぐらしのなく頃に」「ダンガンロンパ」「カオスチャイルド」「ライフ イズ ストレンジ」「レイジングループ」など。

X(旧Twitter):https://twitter.com/kawapi
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCmN-juj7b73DGuIkRRh6U6A
Twitch:https://www.twitch.tv/kawapi

コメントを投稿する

この記事に関する意見や疑問などコメントを投稿してください。コメントポリシー