中国ゲームメディアUCGによる連載企画。UCG本誌で掲載されたコラムの翻訳版「Master Love(麻辣)中国における二次元ゲームの“タンタロス神話”」第2回は、miHoYo「原神」のヒットがもたらしたネットの分断について紹介する。

中国における美少女ソーシャルゲーム文化はどのように広がり、遊ばれてきたのか。黎明期の日本コンテンツの広がりと中国産二次元ゲームの始まりを解説した前回に続き、今回はmiHoYo「原神」のヒットとその先に待っていたユーザーの先鋭化について触れていく。
今日に至るまで、多くの人々は「原神」成功の理由をさまざまな偶然が重なった“例外”だと見なしている。
「技術オタクが世界を救う」をスローガンとするmiHoYoは、「崩壊」シリーズの成功によって急成長した企業だ。しかし単一シリーズだけでは継続的成長は難しく、miHoYoは自社オリジナルIPの拡張に取り組む。乙女ゲームの「未定事件簿」、そして「原神」である。「原神」の開発規模は企画当初の想定を大きく上回ったが、その成功も同社の予測を遥かに超えていた。

「原神」の成功理由については、すでにネット上で大量の分析がなされている。しかし多くの企業が “原神クラス”を目標にしてプロジェクトを立ち上げた結果、失敗例が続出した。大きな期待を寄せられた「Tower of Fantasy(幻塔)」も遠く及ばなかった。「原神」成功の理由について、特に重要な点だけを整理しておく。
1.「原神」は初のマルチプラットフォーム・オープンワールド型の高品質“二次元ゲーム”であり、強大な吸引力で新規層を獲得した。二次元ゲームという概念を一般層にまで浸透させた最初の作品である。
2.同ジャンルの開発・宣伝は難度が高く、長期間にわたり「原神」には有力な競合が現れなかった。他社は後追いで同ジャンルへの投資を拡大したが、「原神」と正面から競合するより、成功する可能性を模索してサブジャンルへと向かった。
3.「原神」プロジェクトを通じてmiHoYoは“恐るべき二次元コンテンツの工業的生産力”を身につけ、日韓ゲーム会社との競争において差を生み出した。
4.すでに圧倒的な国民的認知度とブランドを得ており、基盤は極めて強固。過去数年、“原神を倒す”と意気込んだ企画のすべては、むしろ原神の巨大さをより際立たせる結果となった。
では、「原神」とmiHoYoが象徴的存在となった後、中国本土の二次元ゲームも繁栄に向かったのか? 現実はそう単純ではなかった。業界関係者は仲間が増えたにもかかわらず、自らの活動領域がむしろ狭まったと感じ、愛好者も「原神」の成功によってコンテンツが多様化したとは感じなかった。さらに、人気タイトルが一般化すればするほど“自粛”の圧力が高まり、作品作りも主流価値観に寄り添わざるを得なくなる。
町中で響き渡る「原神、起動!」という起動音と、地下鉄でラブライブ!のラッピングトレインを崇拝する出来事は、同じく滑稽に見えても、その影響はまったく異なる。「アークナイツ」が「若者にとって初めての二次元ゲーム」と呼ばれたように、「原神」はユーザー層にACGN(アニメ・コミック・ゲーム・ノベル)文化への新しい認知を与えた。
この時期、日本市場では男性向け・女性向けといった明確なターゲティングが一般化していた。一方、中国本土の大手ゲーム企業は逆により広い層を取り込む戦略を採用した。この戦略は功を奏する場合もあり、「原神」は本来想定した影響範囲を大きく超える存在となった。しかし、それゆえに作品は世論の中心になりやすくもなった。
偉大だからこそ「原神」はネット論争の火種に
客観的に見れば、「原神」とmiHoYoは、常にインターネット上の議論の中心にある“複雑な存在”だと言えるだろう。正式リリース前からすでに、ビジュアル表現や一部のゲームシステムが「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」に似ているとして厳しい批判を受け、「劣化コピー」などの揶揄が飛び交っていた。PSの試遊台の前でPS4を破壊して抗議する人まで現れたほどだ。
リリース後も状況は変わらず、「原神」のキャラクターに対して性別を理由に攻撃するような侮辱的な呼び方が続き、「媚びたキャラ」「黒タイツの男の子」などの蔑称がネット上で使われることも珍しくなかった。現在、ネット上の二次元ゲーム論争においてmiHoYoを中心に「アンチ miHoYo」「擁護派」「利益のために利用する層」「距離を置く層」など、さまざまな立場が混在している。なかでも、特に興味深かったのが“スカラマシュ”というキャラクターを巡る議論だ。

「原神」のスメール編で、スカラマシュの印象を大きく変えるようなストーリー描写が登場した。しかし多くのプレイヤーは、その展開について「唐突すぎる」「説得力が足りない」と感じたようだ。これをきっかけに、スメール編全体への批判が一気に噴出した。
批判内容は多岐にわたり、「森林書(関連クエスト)が長すぎる」「物語と探索のテンポが噛み合っていない」「プレイ感が単調」「ガチャ(ピックアップ)のタイミングが不合理」などが挙げられている。
そうした批判の中には、意外なものもあった。それは、“カーヴェとアルハイゼンの関係性が、運営による露骨なカップリング売りに見えるのが不快だ”という声である。さらに、そのカップリングを強く推す一部ファンの過激な言動が、ほかのプレイヤーに不快感を与えている、という指摘まで出てきている。なぜこのような意見が出てくるのか理解するためには、“同人”について論じる必要がある。そしてその前に、中国のネット小説文化について触れておかなければならない。

男性向け/女性向けによる分断
1997年、朱威廉が「榕樹下(Rongshuxia)」というサイトを立ち上げ、その後の商業化によって、同サイトは中国本土最初期のネット小説サイトとなった。饒雪漫(ラオ・シュエマン)、安妮宝貝(アニー・ベイベイ)といった、後に一世を風靡する第一世代の作家たちも、まさに榕樹下から誕生した。
その後、起點中文網、晋江文学城、17K 小説網、縦横中文網などのサイトが雨後の筍のように立ち上がり、ネット小説産業が徐々に形成されていった。モバイルインターネット時代に入ると、スマホ読書の普及に加え、ネット小説を原作とした映像化・ゲーム化もますます一般的になった。特にChina Literature Limitedは長年の資本運営の結果、上下流を貫くチェーンと圧倒的な市場シェアを手にするようになった。


中国では、同人小説の創作はネット小説の系譜を受け継いでいる。2011年、NetEaseはライトブログサービス「LOFTER」を開始した。当時、SNSの台頭により従来型ブログは衰退し、中国本土では個人サイト文化は下火になっていた。LOFTERは当初、NetEaseブログの代替のようなサービスであったが、やがて中国の同人二次創作者が集まる一大拠点へと成長する。一部の同人小説は、よく知られた伝統作品や人気IP(IPという概念が確立したのはもう少し後だが)を借りて二次創作を行った。ネット小説で一般的だった「男性向け・女性向け」の分類モデルは同人創作にも強い影響を与え、同様の分類を形成した。
現在は「同人女」という言葉が広く普及しているため、「女性こそが常に同人創作の中心だった」という錯覚を抱きがちだが、中国においてこれは事実ではない。しかし二次元ゲームがより広範な客層を取り込むにつれ、インターネットは異なる価値観を持つ人々の声を直接衝突させる場となった。特に、ジェンダー認識や性的指向をめぐる議論が注目を集め、コミュニティの分断を引き起こした。思想的にも女性はSNS上で積極的に発言するようになり、比較的ラディカルな声が主流に見える状況となり、その反動として一定の反発も生じた。
ここまでで、舞台は整ったと言えるだろう。話を二次元ゲームに戻す。
2024年、関連する“争点”は百度貼吧(中国のインターネットコミュニティ)やゲームフォーラムなどで一気に爆発した。ラディカルな意見に反発する側は、さまざまなキャッチフレーズを生み出して「布教」した。そのなかで最も重要で象徴的だったのが 「有男不玩(=男キャラがいれば遊ばない)」 である。いくつかのメディア報道を通して、この小規模コミュニティ発のスローガンは広く認知され、SNSを通じて瞬く間に拡散していった。
“有男不玩”誰の責任なのか
「有男不玩」という言葉は、一見すると単純だが、実は定義が難しい。事実として日本のネット民が“有男不玩”を見た最初の反応は「中国人って厄介百合厨だったの!?」である。素直に受け取るとすれば、「二次元ゲームに男性キャラが登場した時点でプレイを拒否する」という態度を指すようにも見える。しかし、この言葉を使う層はなぜ男性キャラがいるだけで拒絶するのか、と問われても明確な理由は語られない。
そしてこの言葉を使用する層は、外部からの説明や解釈そのものを拒む傾向がある。つまり、意味の正確さよりも、“態度表明そのものに価値がある”タイプの言葉なのだ。「有男不玩」を英語風に崩した「You Number One」といった内輪ネタも生まれ、さらに意味を不鮮明にするネットミーム化も進んだ。
ならば、彼らの言葉ではなく“行動”を見るべきだろう。
「有男不玩」という思潮がこれほどまでの爆発力を持った最大の契機は、「ドールズフロントライン2:エクシリウム」をめぐる一連の騒動が“界隈外”にまで広がったことである。発端は、あるプレイヤーがテスト版をデータ解析したところ、人気キャラ・黛煙(ニューラルクラウド)と、「レイモンド」というNPCの間に、きわめて親密なやり取りが存在することを発見したことだった。一方で、プレイヤー=指揮官の存在感は物語上ほとんどゼロ。この出来事を皮切りに、「レイモンド夫人」というミームが爆発的に拡散しはじめた。

二次元ゲーム、とくに“男性向け・ハーレム構造”の作品に馴染みのない層からすれば、こんな理由でゲームを拒絶するという話は初耳であると同時に、理解しがたいものだろう。実際、「ドールズフロントライン2:エクシリウム」はゲーム性や難易度、導線など改善すべき点が多く、制作総指揮である羽中的の発言が引き起こした論争のほうがよほど目立っていた。それなのに、なぜ争点は“緑帽子(日本ではNTR)”に集中したのか?
前作は「好感度」や「愛情的充足」をほとんど扱わない構造であったため、プレイヤーの“愛欲需要”を満たしていなかった。そこに「自分の知らないキャラクターの“人生”が存在し、しかも男性NPCと親密にしている」という描写が加わり、多くのプレイヤーの神経を逆なでしたのである。
さらに直接的な理由として、「ドールズフロントライン」および同系統のタイトルに実装されている「誓約(=課金してキャラと結婚できる)」システムが、プレイヤーにとって特別な価値を持つ。
このほかにもあまり語られない重要な点がある。「ドールズフロントライン」の題材は、構造的に政治・軍事的なセンシティビティを抱えている。戦術人形は各国の武器を擬人化した存在であり、中国の制式武器も多く登場する。そのため、プレイヤー層は一般ユーザーとは異なる軍事知識や政治的関心を共有しやすい。長期にわたる本作の論争では、軍事・時事政治に関する過激なコメントも多く見られ、一般ユーザーからすれば根拠不明の陰謀論のように見えるものも少なくなかった。しかし、「ドールズフロントライン」プレイヤーはむしろその手の言説を“もっともらしく”受け取ってしまいやすい性質があった。
こうしたなかで、“有男不玩”は新しい文脈を得ることになる。「ゲーム内で女性キャラと親密な“プレイヤー以外の男”が存在するなら、私は遊ばない」という定義だ。これはスローガンとしての“有男不玩”の柔軟性を如実に示している。そして、この騒動はインターネット全体を巻き込み、プレイヤーたちはゲーム開発者との信頼関係そのものを見直しはじめた。自分の情緒的価値を守るためには、二次元ゲームをより厳しい目で見なければならない。場合によっては企業に対して“反抗”する必要がある。こうした認識がプレイヤー側に広がっていったのだ。
“レイモンド夫人事件”に端を発したこの反抗は、当然ながら「ドールズフロントライン2:エクシリウム」に留まらなかった。
有男不玩に翻弄される「アズールプロミリア」

典型例として、Manjuuが開発する新作「アズールプロミリア」が挙げられる。同社の代表作「アズールレーン(中国名:碧藍航線)」は“艦娘系”ゲームに分類され、誓約システムを備え、プレイヤーがキャラクターと“結婚”できるほどMasterLove性が強い作品である。
問題はここからだ。「アズールプロミリア」の初PVが公開されると、「男性キャラが登場するらしい」「女性キャラとのCPが匂わされているらしい」という噂がネット上で広まり、「アズレンのプレイヤーを裏切った!」という非難が噴出した。つまり「Master Loveが足りない」というわけだ。
だが、これは論理的には成立しないのではないか。「ドールズフロントライン2:エクシリウム」はシリーズの直接続編であるため既存プレイヤーへの“裏切り”と言えるが、「アズールプロミリア」と「アズールレーン」は、名前に“アズール”の字が共通するだけで、世界観も設定も無関係である。
それでも、こうした批判を“理屈づける”者たちはこう主張した。「アズレンが成功したのは Master Love を好きな層が課金したからだ。Manjuuに金を払ったんだから、口出しする権利がある。だからManjuuは純粋なMaster Loveをもっと作れ。他のプレイヤー層を喜ばせるようなコンテンツを作るな。」
さらには、経済用語の「移転支出(Transfer Payment)」まで持ち出し、「オタクが課金した金が女性向けゲームに流れている! 我々は搾取されている!」と嘆きはじめた。これはまさに典型的な“有男不玩”の論法であり、同時に“あなたはもう私を愛していないのね”という怨嗟にも似ている。
中には「miHoYoの今は、お前たちManjuuの未来だぞ」と呪詛のように書き込む者までいた。Manjuuは非常に素早く反応し、「本作のメインキャラクターは女性だけ」と公式発表したが、それでもなお「キャラ同士が少しでもCPになる可能性を排除しろ」「主人公のハーレムにしろ」と迫る声がやまなかった。さらには「Manjuu社長は女性だ」という“内部情報”まで広がり、明らかに性別ヘイトへと発展しつつあった。

「アズールレーン」の話が出たのであれば、NEXONの「ブルーアーカイブ」にも触れなければならない。中国語タイトルが「碧藍檔案」だったこともあり、両作のプレイヤー層は自然と重なることになった。そして「アズールレーン」の一部プレイヤーは「ブルアカって、自分たちが好きな要素を持ってるゲームなのでは?」と注目した。
Master Love→これはほとんど“教師×生徒”の恋愛構造だ。
自分好みの表現→ギリギリの露出表現が多く、同人イラストはもっと刺激的だ。
ゲーム性→ライトに遊ぶなら楽しめる。
こうした理解は本作が中国本土で置かれている特異な状況を反映している。「勝利の女神:NIKKE」と同様、「ブルーアーカイブ」は中国本土で“純粋なハーレムゲーム”として認識されている。そしてこの認知が一度確立されると、「すべてのキャラがプレイヤーへ愛情を向けるべきだ」という要求が発生する。そのため、「ブルーアーカイブ」と「雀魂(じゃんたま)」のコラボが発表された際、中国本土の反応は極めて強烈だった。
だが、実際には「アズールレーン」と違い、「ブルーアーカイブ」の初期ファン層は“ハーレム構造”を否定しない一方で、多様な嗜好にも非常に開放的だった。なぜなら「ブルーアーカイブ」は中国版が正式リリースされる以前から中国本土で堅固なファンベースを築き、少数とはいえ日本文化圏に強く影響を受けた“Only 同人展(特定作品のみの同人即売会)”を開催できるほどだったからだ。そのため「ブルーアーカイブ」ファンは日本式の議論文化を受け継ぎ、一定のマナーと暗黙の了解が共有されていた。

このような“穏やかなコミュニティ環境”は、長らく「miHoYo擁護 vs 反対」「政治論争」に加熱してきた中国本土の男性プレイヤーにとっては未知の体験だった。そして残念なことに中国本土では「ブルーアーカイブ」に日本のような“平和なコミュニティ”が維持されなかった。 “ハーレムが作れる・Master Love 的満足が得られるゲーム”という認知だけが拡散され、一定のプレイヤー層を強力に引き寄せた。そして彼らがコミュニティ内で活動すればするほど、「ブルーアーカイブ」は争論のための“燃料”となった。
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